春の嵐はいきなりやってきた。人間だ。その名を沢田綱吉という。
こたつ攻防戦
「ヒバリさんとこにコタツ出してくださいよぅ〜」
なんていうかもう春も間近だというのに今更コタツ。なんという軟弱。なにより甘ったれている。
畳に座する雲雀を前に、うるうると瞳をうるませてまでお願いポーズをする沢田綱吉。雲雀は口をへの字に曲げた。
すんすん鼻を鳴らしていわれたって、成人過ぎた男なんて可愛くもなんともない。・・・・ことに沢田本人が気づかない
のは、あの守護者連中がこぞって甘やかすからだ、とそこまで考えて。
守護者の顔ぶれなんてものを個々に思い浮かべてしまったから余計にいけない。
急降下する機嫌を自覚しながら、ふん、と雲雀は沢田から顔を背けた。
「知らない」
「そんなぁ!冷たいですヒバリさん!無理を承知でそこを、そこをなんとか!」
なんとかなんてなるもんか。なんとかなんてするもんか。
他の守護者に頼めば1時間もかからずにものの数分で最大3つのコタツが手に入るだろうに。
なんだかんだであいつらはこの男に甘い。
20過ぎても嫌になるくらいのベビーフェイスをねめつける。
大体なんでコタツ。
「このとーりです!」
ヒバリ大明神様、と拝まれて、溜息をついた。意味が分からない。
「大体なんでコタツなの。それに設置するなら君のところですればいい。僕を巻き込むな」
ここには火鉢があるからそれで十分なんだよ。
「でもでもオレ、冬はやっぱりコタツに仲良く足突っ込んでぬっくぬくしながらミカンとお茶だって思うんです」
「だから、君んとこでやればいい」
しかももう冬じゃなくなる。春はすぐそこなのだ。
「コタツって幸せの象徴だと思うんですけど!春っても結構夜は寒いから梅雨くらいまで出してると重宝しますし!」
「だからなんで僕のところでやりたがるのさ」
そもそもなんで今更コタツなんて思い立ったのか。どうせならもっと早く、冬の初めにでも騒いでいればいいものを。
騒がれたって、僕のところでは置いてやらないけど。
「コタツでぬくぬく!それが日本の家族のスタイルですようヒバリさん!」
「家族・・・・?君と僕がいつ家族になったの」
眉を寄せる。
沢田綱吉のファミリーとやらに、僕は含まれてやるつもりなんてなかった。それは沢田だって分かっているはずだ。
沢田は何も言わない。
ぎゅっと、僕の着物の袖を握ってくるだけだ。
これがマフィア。しかもボス。頭の痛くなる事態だ。
「だったらなおさら、君のファミリーとやらに頼むといい。僕は君のファミリーになるつもりはない」
何年たってもだ。何年口説かれようとも、君の部下になんて僕はならない。
対等に条件を提示できる関係を望む。君の後ろに立つつもりなんてなかったし、隣に立つつもりもなかった。
君の前に立つのでなかったら僕のプライドは蝕まれていく気がする。
袖を握る指先を振り払う。話は終わりだと立ち上がろうとしたら、えいや、とタックルをかけられた。
なんなの。
「違うんです。えと、ね。ファミリーはファミリーで大切な家族ですけど、ヒバリさんはもっと、全然違くて、」
額に炎を灯さない沢田のタックルなんて、たいして効きゃしない。
それでも辛うじて僕の腰に抱きついたまま必死で言ってくる沢田に、少しだけ興味があったから足を止めた。
いざ鬱陶しくなったら殴って剥がせばいい。
「・・・・オレ、情けないヤツなんです。もとが泣き虫だし、何やっても駄目だし、いっくらボスとか10代目とかって持ち
上げられたって駄目なもんは駄目、所詮はダメダメの、基本ダメツナなんです」
「知ってるよ」
知っている。そんなことは、もう何年も前から。
だってずっと彼のライフスタイルそのものは何一つ変わっていない。
もう子供とは言えない年齢になって、それでもその童顔から幼さとかあどけなさとかそんなものは消えなかったけれ
ど、強さとしたたかさを身につけた彼は、考えの甘さは抜けないままで、けれどもひどくしなやかにリーダーの素養を 身につけていった。
そんな変化を、自分は最も間近で見ていた1人だろう。
それでも彼は変わらない。本質はそうも簡単に失われるものでもない。
彼の場合、それが変わってしまうなら、彼そのものが崩壊してしまうときのように、ヒバリには思える。
だから今のままでいいのだと思うことにしていた。
彼が壊れていくのはひどくつまらないことに思えた。
彼は楽しい。その時々で、獲物であり共犯であり好敵手にもなりうる。
彼は雲雀をしてなんなのかわからない。他の人間では動かすことの出来ないものを彼は容易く動かしてしまう。
見ていて楽しい。戦って楽しい。・・・・ひどく、楽しいのだ。
それならお楽しみは少しでも長いほうがいい。
「だらしなくするの大好きだし、ずるするのも楽するのも好きだし、のんびりだらだら寝転んで食べたり寝たり、マンガ
読んだり、どうでもいい話をしたり、そういうのがひどくオレは好きなんです」
それも、知っている。
ボスの顔をしていないときの沢田はいつだってそうだった。
雲雀の財団を訪れた沢田綱吉は、いつだってそんな調子だった。
「それでコタツ?コタツなんかなくても、君はここに来るといつもそんな調子じゃない。僕が呆れて咬み殺すまでいつま
でだってだらだらしている」
沢田が腰に抱きついた手を緩めないままでしっかりと僕を見上げた。色素の薄い瞳ばかりが大きい。
「うん。はい、そうですね。だってもう、」
「僕のところは君にとって避難場所?」
沢田は僕の言葉に、ほんのわずか苦笑したようだった。
「そういうこと出来そうな場所と人が、もうオレにはこことあなたしか思い浮かばない」
瞬間的に、痛みのように感じた鼓動は、果たして疼痛だったのか快楽だったのか。
自分のことだというのに僕にはわからなかった。
コントロールできない感情を自覚させてくるのは僕にとって、いつだって沢田綱吉だった。
僕の心臓は彼の手の上に。赤い血管を浮かせて、脈打つそれは今は僕のもので僕のものじゃない気がした。
「避難場所じゃないです。いえ、近いけど、少し違って、情けないオレもだらしないオレもちゃんと知ってて、許して、認
めてくれる。それって家族のありように似ているなって思っただけです」
胸に食い込んだ。心臓。音。彼の声は何の形も持つわけではないのに、空気を震わせて消えていっただけだという
のに、なんという痛みをなんという甘さをこの胸に植えつけて、それでいて知らん顔で涼しい顔で、彼は家族なんて言 葉で一切全てを片付けようとするのだ。
「ふうん」
頷く。
腰から手を外させて、もう一度沢田の前に座り込んだ。顔を近づける。
きょとんとした顔で見上げる沢田に、告げた。
「プロポーズだね。君のそれ」
沢田は大きな目をさらに見開いた。
「・・・・え?はっ?!ヒバリさん?!」
なにをいって、と呟く彼は、またこの人妙なこと言い出した!っていう突っ込みの顔をしている。
かまやしないと僕は思う。
「謹んでお受けするよ。コタツ置くから。ちゃんと責任取ってよね」
「うぇ?お、怒ったんですか?確かにオレ、ヒバリさんに甘えすぎですよね!やっぱりコタツいいです。それじゃ!」
雲行きが怪しくなった途端に踵を返して逃げ出そうとする沢田の襟首を掴む。
「怒ってないよ。僕は君が気に入った。ただそれだけさ」
「え、ええええ?いやあの、ヒバリさん?オレ、ぷ、プロポーズとか、そんな意図はなくてですね、えと、その、ヒバリさ
ぁん!」
人の話を聞いて!と叫ぶ声は塞いだ唇で飲み込んでやった。
この僕が君を好きだと言うのだ。それはきっと奇跡に近い確率だよ。
喉の奥で笑って、上唇をしたなめずり。腕に納めた獲物に、僕は上機嫌だ。半泣きの彼に囁いた。
「何が不満なの。この果報者」
春の嵐に散らされようとも、花咲く準備はでき
ている。 |