「神田。僕の好きなところを3つあげてください」
「・・・・いきなりなに言ってやがる」
教団内の廊下で出会い頭の突然のアレンの言葉に、神田は険悪そうに呻いた。


先制攻撃





「だから、僕の好きなところをあげやがれっていってんですよ。たった3つでいいんだから簡単でしょう」
なかなか返答しない神田に対して、アレンがついけんか腰になってしまうのはもはや習慣といっていい。
それは神田のほうでもそうらしかったが、この二人のケンカは悪態をつきながらも、時々は拳で語り合うところまで発
展しながらも、本人たちにとっては愛の言葉らしいから、理解にくい上に誤解されやすい、とはラビの弁だ。
アレンにしてもどうして神田を前にするとこうなるのかわからないが、これが愉しいのだと、自分たちにあった恋の形
はこういうものなのだろうと理解している。
自分たちのことをよく知らない周囲には、見たまま仲が悪いと理解されているらしいから、それが実は付き合ってい
て、キスからそれ以上もそれなりに、の仲だと知ったら驚くを通り越して呆れかえるには違いなかったが。
なんにしろアレンからの理由さえ告げられない要求に、神田はにやりと苛ついたような笑みを浮かべた。
神田もケンカ腰。こうなるともうとまらないから、アレンは身構えて神田の言葉を待つ。
「弱っちいところ、クソ甘いところ、ヘナチョコなところ。これでいいか?」
はんッ、と鼻を鳴らして言い切った神田に、アレンの額にも青筋が浮かぶ。
「すごく悪意の感じられる言葉ですねえ。聞き捨てなりません」
言いながらアレンは神田の胸倉をつかんだ。
単純に悪意からではなく、怒る神田はそれは綺麗だから、近くでその顔を見たいだけだが、それも誤解されることが
多いらしい。
「ちなみに僕の神田の好きなところは、ヘタレなところと、オフィシャルバカなところと、抜けてるところです」
にっこりと笑ってアレンは言った。神田の顔がぴくぴくと面白いくらいに引きつる。
「・・・・・ほぉお」
アレンが神田の凄みを帯びた深い色の瞳を見て、綺麗だなと溜息をついたのを神田は多分気づいていない。
更なる悪態を並べるために神田の唇が開かれた。
「お前なんざ、腹黒いわ、モヤシだわ、白髪だわ、しょっちゅう迷子になりやがるわ・・・・」
「神田こそっ!下品だわ、喧嘩っ早いわ、蕎麦しか食べない偏食野郎だし、まったくダイエット中の乙女じゃあるまい
し、」
「誰が乙女だ!蕎麦しか食ってねえわけじゃねェよ!喧嘩っ早いのはお前も人のこと言えねえだろうが!」
「何言ってるんですか?!僕は神田以外にはちゃんと紳士です!」
「何言ってやがる?!この道化!」
こうなるともう誰にも収拾がつかないサドンデスだ。





結局、散々言い合った挙句、それなりに拳もイノセンスも導入され、気も済んだところで、今日のところはそのへんに
しとけ、と通りかかったリーバーに声をかけられた。
それ以上続ける気はないのに誰も止めてくれないときっかけがない。
それを適度に勢いが削がれたころ呆れながらも止めてくれるのは、ラビであり、リーバーであり。
その言葉を合図にイノセンスを納めた二人は、勢いの名残で悪態を付き合いながら医療班に行き、医療班でも適当
に罵り合いながら、その帰りに絆創膏だらけの顔で並んで歩く。
ちなみに彼ら二人が並んで歩いているだけで、とばっちりを受けるのはごめんだと教団構成員は道を開けるが、その
あたりのメカニズムはどうにも二人とも理解はしていないらしかった。
二人にとってはケンカもデートのようなものだろうし、その後に医療班に行くのも、その帰りもその延長のようなもの
だ。顔を付き合わせるたび怪我ばかりしていたいわけでもないだろうが。
医療班からは神田の部屋のほうが近い。だから自然とそちらに二人で歩くのも、二人の間では決まりごとのようなも
のだ。
「茶、飲んでくか?」
これも決まりごとのような神田からの誘いにアレンは逆らわず頷いた。
「またあのグリーンティですか?あれ、苦いです。もっと甘いのありませんか?」
文句を言いながらもさほど嫌そうな様子でもないアレンが神田の後に続いて部屋に入る。
「文句言うなら飲むんじゃねえ」
言いながら二人とも、お茶なんかは口実で、もう少し一緒にいたいだけと分かっているから、自然口調は柔らかい。
しばらくして差し出された、アレン専用のマグに入ったいつもの緑の液体を少しだけ口に含み、それからアレンは呟い
た。
「砂糖入れたらおいしくなるかな」
「ならねぇよ!緑茶に砂糖なんざ邪道だ!」
反論は即座に0.1秒と開けずに返ってくる。このテンポのよさが愉しいのだとはアレンは心の中でだけ零しておい
た。にっこりと笑ってみせる。
ケンカの最中のような含みのある笑いではないそれに、神田の頬が少し赤みを帯びたのは黙っていてあげようとアレ
ンは思った。
ここで不用意に可愛いなんて言おうものなら、照れ屋なこの恋人のことだ、さっきの廊下でやらかしたケンカの延長戦
になることは分かりきっていたし、医療班にも一日2度も訪問したくはない。
アレンは笑いながら口を開く。
「そうですか?でもグリーンティってちょっと神田みたいで好きですよ」
「苦いの嫌いなんだろうが」
神田はアレンが好きだというたび、その言葉がよほど照れくさいのか、目を伏せてしまう。
神田の綺麗な瞳が伏せられてしまったことを、惜しいと思いながらアレンははにかむようにした。
「そうですけど。最初は苦くて、でもあっさりしてて、後味はほんの少しですけど甘いですから」
もう一口、口に含んでその味を味わうようにしてから、アレンは問いかけた。
「ねえ神田。君の、僕の嫌いなところってどこですか?」
神田が伏せていた目を上げる。さっき散々言い合ったのに何を言っているんだとその目が語っていた。
アレンは構わず機嫌よさそうに笑って告げる。
「僕が君の嫌いなところは・・・・」
「まだ言う気かよ」
げんなりした様子の神田に、アレンは笑ったまま手を伸ばして神田の髪に触れその頬に手を添えた。
「神田って本当に美人で、・・・・奇跡みたいに綺麗な人で。神田の目、綺麗ですごく睫も長いんです。顔はもちろんで
すけど神田の髪も僕好きです。言葉も悪くて馬鹿だしどうしようもないけど、神田はとっても可愛いんです」
至近距離で見つめてにっこりと言い切ったアレンは、言葉の終わりにちゅっ、と音を立ててその唇に口付けた。
「・・・・」
かっ、と今度こそ顔を真っ赤にして、僅かばかりの抵抗というように睨んでくる神田に、アレンは可愛らしく首を傾げて
見せた。
「どうしました?神田」
「恥ずかしいこと素で言ってんじゃねえよ!」
直後、神田の照れ隠しの怒声が響いたが、アレンは愉しそうにけらけらと笑うばかりだった。





「何事も先制攻撃が肝要ですから」
囁かれた言葉に、神田が思い切り顔を顰めたのは言うまでもない。





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