例えば。
僕は君のどこが好きかと聞かれでもしたら、確実に困るのは確かだった。
ウルトラハニー
考えたこともないな。
問われて改めて気づいたというわけでもなかったが、そんな感想を抱く。
少なくともこの草食動物と付き合うにいたるのは、草食動物、こと沢田綱吉のどこが好きとか、何が好きとか、そんな
ふうに分かりやすくはっきりと説明できるものではなかった。
改めて考えてみてもこのザマなのだから、ピンポイントでそう聞かれても、困るしかない。
ちなみに今は放課後の応接室、僕の仕事を、沢田綱吉がお預けを食らった小動物よろしく、僕と向かいのソファーに
座って待っているところだ。
僕は目を通していたファイリングされた書類から視線を外して、考え込む。
沢田綱吉は僕の考えるポーズを、不機嫌ととったらしかった。
「い、いえっ!!別にいいんです!!聞いてみただけですから!!」
少し前の自分の発言を失言と判断したのか、慌てて両手を振るようにして答えてくる。
ちょっと待ってよ。君がよくても、僕のほうが、別によくなんてないんだ。全然ね。
君に正直な答えを告げるかどうかはともかくとしても、気になりだしたことにはそれなりの答えが見つからないとすっき
りしないし、なにより。
君だって全然、別にいい、なんて顔、してないじゃないか。
沢田綱吉の感情は読みやすい。表情に出やすいのだ。
笑ってはいても、本当は傷ついているのなんて一目瞭然だ。
僕だってもしも沢田綱吉に、同じ質問をして同じ反応をされたら、やはり彼と同じに、もういい、と言うだろうけど、本心
ではもういいなんて欠片も思っていないのには違いない。一発くらいは、腹いせに殴るだろう。
ふと、思いついて聞いてみる。
「そういう君は僕のどこが好きなの」
こんな会話をするのは、どこか間抜けな恋人同士のようで、少し嫌だった。
実際のところの自分たちが、僕の言う、間抜けな恋人同士だったとしてもだ。
言葉に出来るだけの意味での価値なんて限られている。それ以上のものが自分たちの中にあるのなら、あえて言葉
にする必要なんてないのに違いない。
ただ、そうと問われて、これだという明確な答えがはっきりと胸のうちにでも浮かばないのは、それなりに心地の悪い
ものだった。
浮かぶのであれば、それをあえて言葉にしないのもありだが、浮かばないものはどうにも収められない。
君は僕の質問に、少女のように頬を赤らめた。上目使いで、照れくさそうに僅かに視線がそらされて。
告げられた言葉は。
「オレは、ヒバリさんの全部が」
「それはズルイね。月並みすぎるよ、沢田綱吉」
僕はきっぱりと切り捨てた。
そんな言い方は誰にでもできる。それこそ間抜けな恋人同士だ。
僕がそこになにを望んでいるのかは僕自身にもわからなかったが、それを答えとは認めたくなかった。
あまりに安易な、常套手段にしか思えなかったからだ。
例え沢田綱吉にそのつもりがなかったとしても、そうとしか思えない。
「でも、ヒバリさんヒバリさん」
「なに」
「オレ、本当に、本当なんです。マジでどれか一つなんか選べない。だから全部です」
君はどこか必死な顔でそれを言った。それほどには長い言葉でもないのに、呼吸を僅かに荒らげて、・・・・もう顔は真
っ赤だ。
どこか、安上がりな恋愛ドラマで使い古されたセリフだなと思う。
そんなセリフに言いくるめられるほど僕は安い男じゃない。
そう思うのに、君がそんなふうに一生懸命口にするから、ほんの少しだけでも心が躍るなんて絶対に秘密だ。
「人にばっかり言わせて、ヒバリさんはどうなんですか?最初に質問したの、オレじゃないですか」
君は少し悔しそうに言った。
たぶん半分は心情を吐露させられたことへの照れ隠しもあるだろう。
頬が赤い。まだ子供らしい曲線を残した頬だ。
見上げるように向けられる瞳は僅かに涙目で、本当は少し、まだ君は、僕に対して怯えているのかもしれなかった。
僕は沢田綱吉と付き合い始めてからも、沢田綱吉に、それなりにはトンファーを振るっている。
回数は以前より減ったであろうが、甘く優しいだけの関係なんて、僕たちには似合わない。
沢田綱吉は、そんなものは望んでいなくても、僕はどうしても、多分それなしの関係なんて考えられなかった。
多分僕は極端な照れ屋で、君と何をするにしても、そういう誤魔化しは必要だ。
君がそれを見抜く日が来ないことを祈る。
「いいって、さっき君が言ったんじゃない」
いい訳のように、僕。
沢田綱吉は、ぎゅっと眉を寄せて難しい顔をした。はっきり言って、幼く見える沢田綱吉の顔に、そんな表情は似合
わないが。
「でもヒバリさん、オレのは聞いたくせに」
泣き出しそうにも見える表情だった。
さっきは簡単に引き下がりそうだったのに、今度は沢田綱吉特有の妙な頑固さが顔を覗かせていた。
これは簡単なことでは誤魔化されてくれそうにはない。僕もこういう種類のことを暴力を誤魔化すのは嫌だ。
君の好きなところ。
僕はゆっくりと考える。その意味を自分の中に浸透させていく。
君は答えを聞きたくて仕方がないのだろう。
少し期待しているような、少しだけ泣きそうな、少しだけ我慢しているような。
僕はたまらない気持ちになった。
当初僕にとって、そんな表情をする君は鬱陶しいだけの生き物で、君のそんなところに惹かれたわけでは全くないと
いうのに、今ではそんな部分ばかりが、目に付いて、・・・・なにより、可愛く見えるような気がしていた。
そんな部分にばかり、甘やかに感情が動くようにさえ、思う。
僕は君が好きだ。
その事実以外に君は何を必要とするのだろう。
僕が全部といったなら、それは本当に全部、一つ残らずだ。君を形作るもの、何一つを除くことなく。
「僕が、」
そのままを口にするのは、やはり躊躇する。
でも、これはきっと、暴力なんかで妥協させてはいけないことだ。
沢田綱吉の必死な瞳が見上げてきている。
僕はこくりと喉を鳴らして、からからに渇いた口の中の、僅かな唾液を飲みこむようにしてから。
「僕が君を好きだという事実以外に、他に何が必要なの」
掠れる声でそういった。
「君の持つ、何か一つきりが好きなわけじゃない。僕だって、全部だ」
言葉に出来るものの価値なんてたかが知れている。
でもそこに言葉以上のものが込められているなら、もしもそれが伝わる可能性が唯一言葉を介してだというのなら、
賭けてみる価値はあるのだろう。
つまり、そういうことだ。
僕は君の全部が欲しいんだから。
君に、僕へ向けて全部を投げ出させるだけの言葉を、たまには言う必要もあるんだろう。
沢田綱吉は、少しだけ瞳を潤ませて、それからやはり頬を真っ赤にして、だけど嬉しそうに蕩けるような笑顔を見せ
た。
僕は目を奪われる。僅かに瞠目した。沢田綱吉には気づかれない程度にだ。
それから、君に目を奪われたなんて事実を、本当に君が気付かないうちに。
「バカ面」
言い切って、照れ隠しに、ぼこっと殴る。
「痛ってー!!!!」
音は軽かったし、たいした痛みもないだろうに、沢田綱吉は、大げさに声を上げて、目の前にあったローテーブルに突
っ伏した。
「ひどいです、ヒバリさん!!」
君は涙目、どころか、もう既に一粒くらいは零れていそうな顔でそう言ったけど、答えを見つけられた僕はそれで満足
だった。
僕が少しのことで照れたり動じたりしなくなるまで、あるいは君がそれと見抜くまで、この暴力は続いて、君を悩ませ
るのかもしれなかったが、きみは僕の全部が好きだと言ったんだから、そのくらいは、覚悟してるんだろう。
だから僕は気分がよかった。
僕は沢田綱吉の全部が好きだ。
結論は結局、その一言だ。
それこそ、間抜けな恋人同士には違いなかったが、それでも構わないと僕はそう思った。
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