「僕、昼寝するから」
帰りたい。帰りたいです。切実です神様。
綱吉がそんなことを心底願っているとは露知らず、委員長は上機嫌に宣言した。
祭日ももう昼過ぎ、校長からの献上品である並盛町有名料亭の仕出し弁当を平らげ(ご相伴に預かったがもちろん緊
張で味などわかりはしない綱吉である)、もうオレは帰っていいよね、とそわそわと出口を伺い、腰を浮かしかけた綱
吉を見計らってのような発言だった。
「じゃ、オレはもう帰りますね」
寝るならお邪魔ですもんね。うんうん。心の中小躍り状態。
チャンス!というように瞳を輝かせて腰を浮かす綱吉である。が。雲雀はそんな綱吉を視線だけで射留める。
う、と呻いて動きを止める綱吉を横目に、くあ、と委員長は欠伸を披露した。
欠伸の余韻で若干涙目になった瞳を瞬かせて、半分目蓋の落ちたいつもより鋭さ2割減の顔でのたまった。
「何いってるの。昼寝っていったら枕がいるに決まってるでしょ」
まくら。オレにパシれってことですかヒバリさん。
「はあ。じゃあ保健室に取りに、」
「そうじゃない。きみはこっち」
言いかけた言葉を遮って雲雀はちょいちょいと人差し指で綱吉を自分のほうへ招いた。
「え?でもオレがこっちにいたらヒバリさん寝れないんじゃあ?」
いわれるままにとてとてと雲雀の座るソファーに歩み寄りながら綱吉は少しだけ首を傾げる。
「何いってるの。君も寝るに決まってるじゃない」
ぽんぽん、と幼子にここにおいでと促すような仕草で自分の隣を叩く恐怖の秩序である。
「決まってません!」
即座につっこみを披露して、それから思い出したように言い添える。
「それにジョットなら、昼間はほとんど出てこないですよ」
「別に今彼のことはどうでもいいよ。僕が寝るといったら寝るんだよ」
「ええ?!ってうわー!!」
「うるさい。寝ろ」
眠さのためか半分以上据わった目で言い放った委員長はごろりと横になると綱吉を抱え込んで完全に寝る体勢だ。
「僕が起きたときここにいなかったら咬み殺す」
逃げようにも逃げられませんヒバリさん。





いのちのたべかた





空がぼんやり翳んでいる。
だから夢だと気づいた。これは夢だ。
一面の草原に1人の少年が立っている。色素の薄い髪を風に躍らせて、こちらに背を向けて立っている。どこか見覚
えがありそうな気がする。
もう1人いる。藍色の髪の少年だ。こちらは全く見覚えがない。
その少年がふと顔を上げてこちらに視線を送ってきた。
「おやおや。これはこれは珍しいお客様ですね。ジョット、あなたでないあなたがきましたよ」
ジョット。綱吉は唇だけで呟く。
じゃあこの薄茶の髪の少年が。
「オレでないオレ、だと?」
背を向けたままの少年が怪訝そうに呟く。綱吉の声を少しだけ低くしたような、だがほとんど同じ声音だ。
「ええ。正確には、あなたであってあなたでない。同じもので違うもの。もともと精神とは存在しないものの総称です。
あなたがいるなら彼は存在しない。彼がいるならあなたが消えるしかない。あなたたちはそんな表裏一体の存在でし
ょう?」
からかうような声音で藍色の髪の少年が言う。
薄茶の髪の少年の声が険しさを増した。
「貴様。綱吉をここに呼んだな」
「まさか。僕は何もしてません。あなたとの約束どおりにね。彼がこちらにきたんですよ」
彼らに近づいていいものか。あたりを見渡す。
草原だ。一面の緑と見上げれば青い空。まるで地平の果てまでそれしか存在していないかのような錯覚を覚えて眩
暈がする。
「ねえ。綱吉くん?」
すぐ隣で声がする。驚いて振り返る。
いつの間に近づいてきていたのか、声の主、藍色の髪の少年がにこりと目を細めて綱吉に手を伸ばす。
頬を撫でる。体温を感じる夢というのも妙だが、その指先はほんのりと冷たかった。
「久しぶりと言わせてもらいますよ。僕は1度君に会っている。君は覚えていないでしょうが」
「ええと・・・・」
「骸」
頬に触れられるまま指先を甘受しながらも戸惑う綱吉に、咎めるようなジョットの声が少年の名を呼ぶ。
「分かっていますよ。さて僕はそろそろ退散するとしましょう。予定外の客人が見えましたからね」
笑みを残した瞳のままそういって、指先で1度掠めるように綱吉の唇をなぞる。
そうしてから指先はあっけなく離れていった。
綱吉に向けて、またいつか、と唇だけで囁く。
その姿が空の青に溶けるように薄らいで掻き消えた。
目を見張る。これは夢だ。だからこういうありえないことも起こる。そう思おうとする。
それに相反する声が上がる。心のなかでだ。
これはただの夢じゃない。いつかその一部を現実に持ち帰らなくてはいけないようなそんな種類のものだ。
そんな直感を振り切るように顔を上げる。そこにいたのは。
空を背負って立つようなジョットと呼ばれた少年の姿だ。こちらに背を向けている。もう1人の自分であると家庭教師
や兄貴分に聞かされてきた、最近ではおっかない先輩が気に入っているらしい、そうだというのに綱吉自身はまだ一
度もあったことのない自分の姿だ。
どくり、と何のためか鼓動が耳元で響いた。
綱吉の視線の先で少年が振り向く。口元に笑みを浮かべる。その面差しが。
「オ、オレぇ?」
まるで鏡でも見ているような気持ちで綱吉はその顔を凝視した。
くす、と自分とほとんど変わらないその顔が笑みを浮かべる。ほんの少し目元が和らいだだけで、ずいぶんと優しい
印象の貌になった。
そう思ってから、彼が振り向いたはじめはずいぶん厳しい印象の顔をしていたのだと気づく。
「そうだ。綱吉」
「・・・・お前がジョット?」
「そうだ。会いたかったろう」
「いや会いたかったって言うか・・・・」
「オレは会いたかったぞ」
「いやだって、オレはお前でお前はオレ、なんだよな・・・・?」
「そうだ。綱吉は賢いな」
いい子いい子、と頭を撫でられてその指先が骸よりも温かいことの密かに安堵する。これは人の体温だ。
思いながらも混乱はとまらない。とりあえずなんでそこで褒められるのかもわからない。叫んだ。
「いやいやいや!まったくわけわかんないんですけど!」
「お前はまだわからなくていい。オレが分かっていればな」
苦笑するようにしてジョットがその叫びに応じる。
意味が分からない。ついでに髪をなでる手はまだ止まらない。
自分と同じ顔、同じ姿の人間にそれをされるのは、どうにも混乱にしか繋がらなくて、それでもそれをどう告げたらい
いのかわからずに、思いついたことを口にしてみる。
「そうだ、ヒバリさんに絡むなよ。お前は気に入られてるからいいけど、オレは怖いし殴られるし」
「心配するな。雲雀はお前のことも気に入っている」
笑みを浮かべた口元で、こともなげにジョットは言った。言った言葉はそのままの意味には違いない。
綱吉にとってはなにかの勘違いにしか聞こえなかったが。
「とてもそうは思えないけどな」
「オレは本当のことしか言わないよ」
お前には、と付け加えてジョットが笑う。
細められた瞳は言うなれば優しい。だというのに漂う気配はどこか鋭くてどこかに寂しいものを隠しているように感じら
れた。
そう1度気づいてしまえば、同じ顔で同じ姿、だというのにジョットは自分に全く似てなどいないことに今更のように気
づく。
顔は同じだ。姿もまた。それなのに表情が、纏う気配が全く違う。
「オレと同じ顔なのに、」
ずいぶんと印象が違う。この顔はどこかで見た。誰かに似ている。
「ん?」
ジョットが首を傾げる。その顔に眠りに落ちる前まで頭を悩ませていた人の顔が重なった。
決して顔そのものは似ているというわけではないのに。
「ヒバリさんに、少しだけ似てる」
「ああ。そうかもな。同類というヤツだろう。あいつは少し直線的過ぎるようにも思うが、それなりにソリがあう。あれは
覇者の器だ」
笑みを消した顔で淡々と告げられた言葉を繰り返す。
「覇者の器」
「それだけの話さ。それがいいわけでもなければ、悪いわけでもない」
本当にそう思っているのだろう。面白くもなさそうにジョットは言う。綱吉をなでていた手は今は動きを止めて、それで
もいまだ綱吉の頭の上に置かれたままだ。それを振り払う気にはならずに、ふと思いついて綱吉は問いかけた。
「ヒバリさんを気に入っているのか」
雲雀はジョットを気に入っている。これは間違いない。
ジョットは雲雀のことをよく理解しているのかもしれないが気に入っているのとは何かが違うような気がする。
そう思いながら問いかけたのに。
ジョットは再び楽しそうに口元に笑みを刻んだ。
「そうだな。綱吉と同じだ」
からかう声だ。まるで綱吉が気に入っているのだろうと言わんばかりだ。
冗談じゃない、あんな凶暴な猛獣!
「オレは気に入ってなんかないよ!」
ふ、とジョットの目が細められる。そうするとひどく大人びた表情になった。
予言するように声は告げてくる。
「気に入るよ。綱吉はきっと雲雀を気に入る」
「そんなこと、」
ない、といおうとした。雲雀が気に入っているのはジョットだ。その好意を取り違えるほど馬鹿でもKYでもないつもり
だ。それに自分だって、あんな平和の対極にいそうな人間を気に入るとは到底思えない。
そんな綱吉の心中を見越すようにジョットは言葉を重ねてきた。
「わかるよ。オレはお前でお前はオレだ。お前の意思はオレの意思で、オレの思考はお前の思考だ」
それは違うと綱吉は思うのだ。
それをどう説明したらいいのかと考えるが。さらりとジョットが告げてきた言葉で綱吉の思考は一時停止をした。
「あいつはことのほか可愛いだろう?」
「可愛い・・・・?」
それってあの委員長のことか!
ないない。それだけはない!一瞬固まったあと首をぶんぶんと振って全力で違うと体現する綱吉である。
「今もお前、抱き枕にされてるだろう」
「っ!」
そういえば!いやいやでもそんな意味があるわけじゃなくて成り行きで!ヒバリさんもすごく眠そうだったから手っ取
り早く手近なもので間に合わせただけで!
真っ赤になっていいわけを組み立てたりしている綱吉にはお構いなしに、ジョットはなにやら思い出すようにしながら
もマイペースに続けた。
「さっきいた男は六道骸というヤツなんだが、あいつも可愛いんだ」
「・・・・」
可愛い?
あの人もちょっとそういう雰囲気じゃなかったような。
疑わしげに見てくる視線に気づいてか、ジョットは綱吉の頭に置いた手を再びなでるように動かしながら笑顔を向けて
くる。
「いずれ綱吉にもわかる」
いい子いい子と撫でる手は完全に綱吉を子ども扱いだ。
同じ顔なのにどうしてこんなにえらそうなのか。





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