何で、なんでこんなことになってるんだ、オレ。
本日何度目かの自問をして、答えなどきっと雲雀の胸の内にしかないであろうことに気づいてこっそりと溜息を吐く。
流されやすい。断りきれない。諦めが早い。
自分の性格はそんな3拍子のそろったもので、だからこれはもう避けられない事態だったんだと結論付ける。
つまり。
言葉にすれば疑問はたった一つにして単純だった。
ヒバリさんはともかく、なんでオレまで休みの日の学校にきてんの?
・・・・・言葉に出来ないという現実を除くなら。
いのちのたべかた
学校。応接室。
さっきから雲雀は執務机でなにやら書類の束をめくっている。
副委員長の草壁さんがさっきやってきて、報告とともにおいていった書類だ。
綱吉といえば応接セットのソファーにぼけっと座っているだけなのだが、何の気まぐれか意識を取り戻した自分を学校
に連れてきた雲雀は、座れば、といってソファーに座らせたきり、こちらのことは見向きもしない。
・・・・特に用がないなら、そろそろ帰りたいかな、なんて。
こそっと思う綱吉である。
今日は楽しみにしてたアニメもあるし、攻略途中のゲームも気になる。やる気はそれほどあるわけでもないが宿題だ
ってあったはずだ。
なんにしろ、せっかくの日曜に何が悲しくて恐怖の大王と意味もなく時間を共にしなくちゃいけないこともないはずだ。
ないはずだと思いたい。
きっと昨夜それなりに出てきただろうジョットをこっそり恨む綱吉である。
帰りたい。オレがここにいる意味ないじゃん。
しかしそれを言い出そうとするなら、とりあえず殴られる覚悟くらいはいるんだろうか。
そんなわけでずっと、そわそわしつつ恐怖の大王こと雲雀をちらちらと伺っているのだが。
もう朝から、というかここにつれてこられてから何度目かの視線でちらりと雲雀を伺う。
黙々と彼は書面に何事か書き付けている。
綱吉の様子に気づいたようでもない。
それにほっとするべきなのか、それとも困るべきなのか。
綱吉は小さく溜息をついた。それは聞かれてはいないだろうと思うのに。
「いいたいことがあるならいったら」
恐怖の秩序は綱吉のほうを見もせずに、それでも口を開いた。
いきなりのその言葉に驚いた綱吉の口から妙な悲鳴が漏れる。
「うえっ?」
「その視線。気持ちが悪いんだけど」
雲雀の視線が書面から上げられる。
冷えた瞳が綱吉を捕らえた。
表情はない。だからそこから感情をうかがい知ることはできない。
ううっ、と内心泣きたいような気分になりながら綱吉は仕方なく呟くようにぼそぼそと答える。
「・・・・ええと・・・・オレ、そろそろ帰りたいななんて、」
「ふうん。別にいいけど」
びくびくと怯えながら様子を伺う綱吉に、雲雀は興味なさそうにそう返すと、くあと大きな欠伸をする。
そんな雲雀からのあっさりとしたお許しに目を見開いて。それからきらきらと瞳を輝かせた。
「いいんですか?」
といいかけながら腰を浮かす。この王様の気が変わらないうちにさっさと退散したいというのが本音だ。
うん、と雲雀は頷くと立ち上がる。一瞬で綱吉との距離を詰めて。
「ただし、僕と遊んでくれたらね」
「いっ!」
いきなり放たれたトンファーの一撃を辛うじてかわす。
その反動でソファーから転げ落ちて、反射的に戦闘体勢に入ろうとする体を、なんとか転げたままに留める。
あくまで自分は非力な非戦闘員。それを装いとおさなくてはいけない。
戒めるようにそう思って、情けなく転がったままの姿勢を維持する。
「ヒバリさん?!なななにするんですか!」
悲鳴じみた声を上げて怯えてみせる。
この人に少しでも自分が戦えるなんてばれたらまずい。非常に厄介だ。ろくなことにはならない。
現に今だってすでにジョットが目をつけられてるのに。
対する雲雀は上機嫌で微笑んだ。お気に入りのおもちゃを見つけた子供のような顔だ。
再びトンファーを掲げながら問いかけてくる。
「ねえ。きみは本当に弱いだけの生き物なのかな」
「ああああたりまえじゃないですか。オレ、ヨワイデスシ!」
雲雀はすっと目を細めた。見極めるためというより、もう見極めた真実を品定めするような瞳だ。
くそ、と綱吉は思う。
初めて会ったときから何となく嫌な予感はしていたのだ。
彼には何も隠せない。何もかもを引きずり出されてしまうような、そんな予感が。
もしかするともう1人の自分だというジョットもそれを見抜いて、だから雲雀に近づいたのかもしれない。
それとも単にそれは偶然という名の運命だったのか。
「ふうん。でも避けたね」
低い声が囁く。
暴くようにでもなく、ただ事実を告げてくる。激しくはない、静かな声だ。
それなのに本格的な殺気を伝えてきてもう隠してなどいられないのだと絶望的な気分になった。
これ以上の嘘はいけない。殺される。実際は半殺しで入院くらいですむかもしれないが、それでも二度と雲雀は綱吉
を意識に入れてはくれなくなるだろう。
それが得なのか損なのか、そんな始点で吟味しつつ。へらりと愛想笑いを浮かべた。
「偶然たまたまビギナーズラックです」
もともと損得で何かを考えるのなんかには向いていない。というかそもそも考えることにはそれほど向いていない。
この人に戦えるなんてばれたらそれはそれで手合わせさせられて半殺しの目には合わされそうだから結果が変わる
わけではないだろう。
それほど進んで戦いたいとは思わないのだから、とぼけられるだけとぼけるしかない。
額に炎を灯したジョットにしか興味がないのであれば、なんとか誤魔化されてくれはしないだろうか。
胸の前で両手を振って全力で否定する綱吉に、雲雀を柳眉を寄せた。
ぐ、と顔を近づけてくる。
近い、近いですヒバリさん、と内心慌てる綱吉は、間近でよくみれば整った顔にさらにどぎまぎしていた。
「・・・・なにかおもしろくないな」
真っ黒い瞳が真っ直ぐに綱吉を射抜いている。その瞳を凶暴な光が横切るのを綱吉は確かに見た。
「僕は曖昧なことを曖昧なままにはしておくのは嫌いでね」
言い切って舌なめずり。
ああなんて。こんなときのヒバリさんはすごく綺麗なんだろう。
それでも見とれている場合でもない綱吉は視線を断ち切って慌てて起き上がる。引きつる愛想笑いを浮かべて、あと
ずさる。転びさえしなければ逃げ足には自信があるのだ。
「オレ、用思い出しました!もう帰りますね!」
「待ちなよ」
「ねえ。殺し合いをしよう」
この人本当、物騒だ。ていうかこの人の頭の中それしかないのかよ!せっかく綺麗なのに。顔、すごく綺麗なのに。
「嫌です!どうしてそういう話になるんですか!」
「君が嫌がるのは勝手だけど。僕は僕のやりたいようにする」
殺気が。まじりっけなしの殺気が炸裂する。
雲雀は躊躇わず右腕のトンファーを打ち込んでくる。あからさまに急所を狙ったその一撃をかいくぐり、肘を下から掬
い上げるように打突を返そうとして我に返る。
避けた上に反撃ってまずい。なにやってんのオレ。
雲雀が満足げに笑った気がした。
慌てて腕を引こうとする。その腕を掴まれた。
からん、と。雲雀が綱吉の腕を掴んだことで脱離した彼のトンファーがリノリウムの床に転がる音が一瞬遅れて響い
た。その音に、つかまれた腕にはっとするように雲雀を見上げる。
「・・・・っ!」
「また避けたね。しかも反撃?ねえ、まぐれって2回も続くものなの。いっておくけど僕は本気だったよ。どういうこと」
溜息をつく。
避けないわけにはいかない攻撃だった。あからさま過ぎるほど急所狙いで、あの力で打たれていれば間違いなくあ
の世いきだったように思えるのは気のせいか。
だから体は反応した。もうそれはごまかしようがない。
諦めて告げる。
「ご想像の通りですよ」
「弱いのに強く見せようとする草食動物はいくらでもいる。なのに、強いのに弱く見せようとする肉食動物はほとんど
いないよね」
「そうかもしれません」
でもオレのは命に関わる状況でのみ発揮される一種の本能なのだといってどこまで信じてもらえるだろう。
平素では単なる鈍くさいダメダメな草食動物でしかないのだと。
「きみはどの程度強いのかな。彼のようにここに火が点くの」
とんとん、と額を突付くようにして雲雀が問う。
「一応、点きますけど・・・・でも本当にジョットほどじゃないんだと思います。家庭教師が以前そう言ってたんで」
隙なく研ぎ澄まされたもう1人の自分とは違いすぎると言われ続けていた。
それはそれで構わない。綱吉はそうなりたいわけでもない。今のままで構わない。今のままでいられないことが分か
っていても、このままがいい。
掴んだままの綱吉の決して逞しいとは言いがたい腕を眺めながら雲雀は続けた。
「ふうん。でも巧く隠していたものだね。僕としたことが今日まで全く気づかなかったよ」
「隠してたっていうか・・・・オレ、基本はぼんやりドジキャラですし。そういうほうが自然体で楽なんです。殺すとか殺さ
ないとか、向いてないし」
相手に殺気があれば体はそれなりに反応するくらいには仕込まれている。もうそれは反射に近い。
それでも自然体でいれば、何もないところで転べる基本ドジキャラだ。頭を使うこともそう得意ではない。
「でも君の技能は本来そういうものだろうに」
呆れたような声音。
「まあそれはそうなのかもしれませんけど。でもオレはそういうの、好きじゃなくて」
暖かいのとか優しいのがすきなんです。
囁くような声で言うと、雲雀は少し首をかしげるようにした。
「よくわからないな」
「そりゃ。ヒバリさんとオレは違います」
「うん」
そうだね、とヒバリさんは言った。
「ねえ。ゆっくりしていきなよ。お茶を入れてあげよう」
掴んだ腕を引いてそのままソファーに座らせられた。この人に似合わない穏やかそうな笑みを一瞬だけ浮かべていわ
れた言葉に綱吉は戦慄した。
この人、オレが少しでも戦えるってわかった途端態度変わった!
つかオレ、帰りたいのにさっきと状況変わってねえ!むしろ悪くなってるよ!
「オレ、でも戦いませんよ」
釘は刺しておく。
「・・・・そう」
なに残念そうな顔してるんですか!
|