「・・・・」
雲雀は少年を見下ろした。傷を負っているという様子でもない。見たところ、無傷だ。つまり何者かに倒されたという
わけではなさそうだった。
顔を近づける。そして気づく。少年は眠っている。
ぐう。
安らかだ。なんていうか、健やかだ。
「なんなの・・・・」
呟いた。なんなんだこの生き物は。


いのちのたべかた





翌朝目を覚ました少年は、騒がしかった。
「ここどこー?!」
寝かされた布団から半身を起こし、たいして特徴のない顔の中の唯一の特徴といえる大きな目を見開いて、きょろき
ょろと所在無く部屋を見回している。
「どうしてオレ、こんなところにいるのー?!」
ちなみに少年の部屋に対する感想は、妙に和風だな、というものだったりする。
少なくとも自分の家ではない。
昨日の夜は早めに寝たはずだ。外出は当然していない。おかしい。
首を捻る。
障子が開く。そこから無造作に人影が滑り込んだ。
「だ、誰ー?!」
びく、と音が聞こえそうな仕草で、半分跳びあがるように体を跳ねさせて、驚いたような目を向ける。
「うるさい」
怒鳴りつける。途端に悲鳴が。
「ひぃー!お助けー!」
うるさいこと極まりない、というか昨夜のクールさはどこに。人影、こと雲雀はきりきりと不機嫌に眉を寄せる。
我慢など強制されてもする気もなく、譲歩や気遣いなどもってのほかの雲雀恭弥はがつんと少年の頭を殴りつけた。
ドカッ
クリーンヒット。
いい音がした。あたかも中身が入っていなさそうな。
「痛ってぇー!!」
少年はまともに食らって蹲っている。ん?と雲雀は首を捻った。昨夜のこの少年はもっと強かったのではなかったか。
少なくとも簡単にこちらの一撃を食らってくれそうにはないくらいには、だ。
そう思いついて改めてまじまじと観察すれば、印象も少し違う気がする。
「?君さ、昨日とちょっと雰囲気違わない?」
「な、なにがですか?そもそも昨日ってお会いしましたっけ?つか、あなたどなたですか?」
涙目で強打された頭を抑えたまま少年は矢継ぎ早に質問してきた。
とぼけている様子もなく、その瞳にも、何、何が起こってるの、とか、この人誰?怖い人?、とか。そんな疑問が浮か
んでいるように見えた。
雲雀は仕方なく口を開く。
「・・・・昨日の夜。僕と戦ったじゃない。忘れたの?」
きょとんと大きな瞳がさらに大きく見開かれる。よく表情の変わる子だな、と雲雀は思った。
やはり昨夜の印象とは違いすぎる。
瞳の色は暖かさを感じる蜂蜜色だ。全てを拒否するような光はそこにない。
「は、え?オレ?・・・・ジョットに会ったんですか?」
「ジョット?君だろ?君はジョットというの?君がいきなり寝てるから、僕が連れて帰ったんだけど」
君面白そうだしね、と告げると。
「・・・・多分それ、オレだけどオレじゃないです」
少年は少しの間口篭って、困ったように呻いた。
「ええと、話せば長いんですが、」
少年は言葉をそこで切って、ちらりと伺う上目遣いで雲雀を見る。迷うような視線だ。あるいは困り果てるような。
視線を鋭くして促すと少年はわずかに竦みあがり、しぶしぶというように口を開いた。
「・・・・オレ、2重人格者なんです。オレと、ジョットと。攻撃的なほうがジョットです。多分あなたが遭遇したのはそっち
のオレです。夜、オレが寝た後に出てくるらしいんで。・・・・っていって信じてもらえます?それで、その、ジョットが何
かご迷惑をおかけしましたか?!主に怪我とか」
少年の大きな瞳は、雲雀の体に視線をめぐらせて、傷がないか検分しているようだった。
そういうことがよくあることなのかもしれない。
雲雀はそれには構わずに呟いた。
「・・・・2重人格」
「はい」
こくり、と頷きが返されるのに、教えられた名を唇に乗せる。多分自分が求めているのはそちらのほうで、今目の前に
いる少年ではない。
「ふうん。ジョットというのかい?彼は」
「オレ、です。オレの一部です。でもまったく別の」
じ、と見つめる視線にさらされて、困ったように少年はそういった。
「少しだけ興味をそそられるね」
いっそさばさばと、言った雲雀に、今更のように少年は目を見開く。
「って、信じてくれるんですか?」
「信じるも何も、君とジョットは別人に僕には見えるもの」
「まあそうかもしれません。オレもジョットのことはよく知りません。覚えてないんですよ。ジョットが出てきた時間のこと
は。だからあなたと戦ったこともオレは覚えてません」
少年は始終困った顔だ。雲雀の視線の先で所在なさげにそわそわと時折視線を彷徨わせている。
「で?」
「はい?」
「君は戦えるの」
「いえっ!!無理、無理です!!オレは戦うとか、そういったことは専門外です!!全然、全く、無理ですから!!」
全力で否定するように、両手をバタバタと振って、無理だと少年は訴えた。
「そう。ねえ君はいつまた強くなるの」
「えっと、とりあえず、ジョットが出てくるのは夜です。毎日ってわけじゃありませんけど」
「そう。じゃあまたそのうちね」
少年にあっさりと興味を失ったらしい雲雀は、じゃあね、と呟くなり少年を置き去りにさっさと部屋を出て行こうとする。
「?どこか行くんですか?」
「学校」
振り向きもせず、単語で答えられて、少年は今思い出したとでも言うように頭を抱えた。
「ああ!!そういえばオレ、今日から学校にいく予定だったんです!!今日、転入するはずで、とにかくうちに帰らな
いと!!今何時ですか?!」
雲雀は顔だけ振り返らせると、質問を投げてくる。
「学校?どこの?」
ううーん、どこだっけ、と少年は首を捻る。ぽん、と手を打ち合わせた。
「ええと、ナミモリ中?確か、そんな名前でした」
雲雀がわずかに目を見開く。
「僕の学校じゃない。じゃあ君が沢田綱吉?」
「は、はい。そうですけど・・・・」
オレの名前、何で、と少年こと沢田綱吉が言うのに、雲雀は質問を重ねた。
「イタリアから転校してきた?」
「はい。何で知ってるんですか?」
雲雀は綱吉に向き直ると淡々と告げる。
「今日から君が通うの、僕の学校だから。僕と一緒に行くかい?制服の予備があるから貸してあげる。君のうちがど
こなのかわからないけど、どうせこの時間から一度帰宅していたら学校には間に合わない。転入当日からの遅刻な
んて認めないよ」
「は、はあ。よろしくお願いします?」
よく分からない急展開に綱吉は一瞬迷うような色を瞳に乗せてから、意を決したようにこくりと頷いた。雲雀は鷹揚に
頷いてみせる。
「うん。何で疑問系なの」
「え、」
「まあいいさ。家に電話を入れるなら入れておいて。僕は制服を用意してくる」
胸ポケットから取り出した携帯を綱吉の手に置くと、雲雀はさっさと部屋を出て行ってしまった。
「あ、ありがとうございます!!」
少し遅れて発した綱吉の声は、雲雀には届かなかったようではあったが。





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