いのちのたべかた





怖いけど、なんかちょっとだけ親切だった人。
果たして、綱吉の雲雀の第一印象といえばそんなものであったが。
この子、どんだけドジなんだろう。
というのが対する雲雀の綱吉のここ数日観察を重ねた結果の感想である。
彼がいつ、あの美しくて強い生き物になるのかと、眼をきらきらさせながら観察していた雲雀ではあるものの、すぐに
それは失望に変わった。
あれから雲雀が彼を見かけることはなかったし、そうするとますますあの夜のことが疲れた自分が見た夢ではないか
という気さえしてくるのだ。
雲雀はその手の夢想は信じない。もしもあれが全くの夢であるというならば、目の前でクリーニング済みの制服を差
し出している少年はなんだというのだ。
頭を下げて、ぷるぷる震える手を精一杯伸ばしてこちらに制服の入っているらしい包みを差し出している。
雲雀のこの学校での立場はそれなりに理解したものらしい。それなりに怯えている。
この部屋に入ってくるまでにかなり逡巡していたらしいのをその気配でそうと雲雀は察していた。
やっとノックして入ってきたかと思えば、緊張でかつまずきこけた挙句、それを冷ややかに観察する雲雀に謝り倒し、
先日はありがとうございました、と差し出されたそれを一瞥して、それから雲雀はもう一度少年を観察した。
ここ数日の観察の成果をもう1度脳裏に浮かべる。
なにもないところで走ってこけて、どこでもつまずくドジっぷり。
転校1日目にしてダメツナの名前を冠したらしい少年。
それだというのになぜか興味が失われないのは、あの夜の彼を知っているからだろう。
「それ、そこに置いといて。あと、君はこっち」
テーブルを指差して、それから自分の机の前を指差す。
困惑を顔いっぱいに広げた表情で、机の前に立った少年を見上げる。
睨み上げるような視線で観察し、少し考えてから雲雀は口を開いた。
「他人にしか見えないね、君とあのジョットって子」
きょとん、と見開かれた瞳のブラウンが鮮やかだ。色素の薄いそれはほんのわずか陽の光を弾いた。
それからやはり困ったように綱吉は少しだけ笑って見せた。
「あははそうですよね。・・・・よく言われます」
「僕、あれから一度も彼に会えてない」
「そうですか。オレもいつ出てきてるとか、全くわかんないんで・・・・」
曖昧に所在無げに視線を彷徨わせる、草食動物。
そういえば初めて出会ったときも、覚えていないのだといっていた。知らないのだといっていた。
綱吉にとってはジョットの事を聞かれても、即答できないだけに居心地が悪いものなのだろう。
最も近い存在であるはずなのに、自分自身の一部のことであるはずなのに、綱吉はジョットを知らないという。
それならジョットも綱吉を知らないのだろうか。
そんなことはない、様な気がする。全くの勘に過ぎなかったが、それは違うだろうと雲雀は思った。
なんにしても、そんなことはどうでもいいのだ。
あの夜一度だけ見たジョットの瞳の色を思い出す。
今目の前にいる綱吉のそれより、もっと色素の薄い、けれどもその色調を裏切るように苛烈さと凶暴性を秘めた瞳だ
った。
それは自分と通じるものだ。同じものだとは思わないが、根源と背景を違えたとしても、自分と同じく満たされることの
ない飽くなき闘争心にあの瞳は満ちていた。
それを思って、雲雀は歌うように呟いた。
「早く会いたいな。彼に」
そこで綱吉が何かいうものとは思っていなかった。それは特に答えを必要としていない言葉だったからだ。
だが綱吉は困ったような顔のまま、静かな口調で答えを返してきた。
「オレの中のジョットも、ヒバリさんに会いたいのかも。もしかしたら、ですけど」
声は淀みなく揺ぎ無い。向けられる瞳は真っ直ぐだ。
こういう態度は好ましいと思う。言葉の行方にも興味が持てる。だから先を促した。
「ふうん?」
「すごく、変な感じがするんです。オレの気持ちじゃなくて、別のところがなにか、痛い?みたいな」
言葉の意味はよくわからない。感覚的なものは1つの体を共有する彼らだからわかることなのだろうし、雲雀にはた
いして興味がない。
それでももし彼が自分と同じに会いたいと思ってくれているのだとしたら、それは素直に嬉しいと思える。
「だからきっと、・・・・オレがいうのもおかしな話ですけど、ジョットのヤツ、出てくると思うんです。ヒバリさんに会いに」
そう、と。
囁くように返してから、ふと思いついて問いかけた。
「ねぇ、僕の他にも君とジョットのことを知ってる人間がいるの」
なぜかいなければいいと思った。
だがその望みの反して綱吉は頷く。
「いますよ。オレ、家庭教師と兄貴分がいて、その2人だけが知ってます」
「ふうん。じゃあ僕は3人目?」
「そうなりますね。・・・・うう、ばれないように生活しようと思ってたのに」
いってしまってからなにやら落ち込んだらしい綱吉が、はぁ、と盛大に溜息をつく。
指摘してやった。
「それにしては用心が足りないんじゃないの」
「・・・・それは認めますけど、でも普通に見たら同一人物だと思わないだろうし、他人の空似ですむかなあと」
「その場で寝こけたくせに」
考えの甘さを情け容赦なく切り捨てる。
あうあう、と呻くように綱吉は言った。
「ああああ。ジョットが出てきてるときのことはよく覚えてないんですよ。帰っていくのも唐突だし。オレの体で好き勝手
するジョットが悪いんです」
要するに、コントロールできないということだ。
覚えてさえいないのだから、都合よくコントロールすることなどはまず出来ないということなのだろうが。
雲雀は哄った。綱吉はわずかに身を引かせる。
彼の目にはあまり質のいい笑いに映らなかったのには違いない。
それはそうだ。これから持ちかけるのは取引なのだから。思いついた突然の、だが悪くない思い付きだ。
雲雀が口を開く。言葉に力を込めた。
「ふうん。そんなだったらさ、僕の協力、必要じゃない?」
「え、」
はしはしと、瞬かれる瞳を前に提案を1つ放り投げる。
「この町と学校を支配している僕なら、力強い味方になると思うけど」
彼はこの意図に気づくだろうかと思う。
ただで、とは言っていない。ジョットには興味がある。だがただそれだけで便宜を図ってやるつもりもない。
好意だけではない提案だ。見返りを必要とする。
「・・・・それで、オレはあなたになにをしたらいいですか?」
正しく意図を受け取ったらしい綱吉に、雲雀は満足げに笑みを深めた。
人のいいだけのただのひ弱な子供かと思っていたら、意外にもそれだけではない。
雲雀が好意だけでそれを言うのではないとわかっている。
そういう強かさは大変に好ましい。
「ふうん。君、話がわかるね。そうだな、僕はジョットと戦えればそれでいいんだ。彼への興味が尽きなければずっとフ
ォローしてあげる」
綱吉にとって雲雀の要求は大方予想のついたものだったらしい。
答えはそれほど待たずに帰ってきた。
「・・・・ジョットのことは直接本人に交渉してください。オレにあいつの行動は推し量れないし・・・・、保証とかできませ
ん」
綱吉のその返答も、雲雀にとって予想の出来た答えだった。
だがそれと同じくらいの確率でジョットもその取引を断らないだろうと想像がついていた。
だから雲雀はもう一度繰り返した。
「早く会いたいな。彼に」





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