「うわあああああ?!」
その朝も悲鳴が響いた。
ちゅんちゅんと雀もさえずったりする平和な朝だ。朝の日差しも柔らかい。折りしも今日は祭日で、そんなこととは関
係なしに登校する予定の雲雀でも、もう少しは眠りを堪能できるはずなのだ。
だというのに、悲鳴。
「・・・・うるさい」
自他共に認める寝起きの悪い委員長はとりあえず躾の行き届いていない獲物を一閃した。
とたんに目を回して撃沈した獲物をそこでようやくしげしげと眺める。
目の前には額にコブを作った後輩。今しがた殴りつけたばかりなのだからコブについてはなんら問題はない。
なぜか至近距離で見るハメになっているのは、隣で寝ていたからだろう。
それも問題はないはずだ。
後輩が少し肩からずり落ちた長襦袢を身に着けているのも、昨晩彼が着れそうな着替えがそれしかなかったからだ。
何も問題は見当たらない。
うん、と雲雀は1つ頷いてから欠伸をする。昨日の記憶をゆっくりとたどった。


いのちのたべかた





「君が寝れば、彼は出てくるの」
チャ、と構えて見せた金属の武器に、沢田綱吉は顔を引きつらせた。
僕にしてみたら簡単な結論だった。
僕はもう1人のこの子に会いたい。だのに会えない。
寝ているときに現れるとこの子は言っていた。
それなら眠らせてやればいいじゃないか。
「いや、前にお話したとおりにですね、必ずしも毎回ってわけじゃなくってですね・・・・!!」
沢田綱吉は逃げ腰だ。
鞄を抱きしめて足はいつでも逃げ出せるようにか半身分後ろに下げている。
逃げ足に自信がないほうではないのだろう。報告を信じるならば校内でもよくからまれ逃げ回っているらしい。が、ダ
ッシュの後、転んでいるのもよく校内で目撃される光景ではあるらしいが。
どのみち逃がすつもりもない。
「ふうん。そう」
抑揚のない声で答えながらも、雲雀は構えた武器はさげずにいると、それがよほど落ち着かないのか情けない顔を
した沢田綱吉が声を上げる。
「ヒ、ヒバリさん、これ、」
どけてくれませんかと言う沢田綱吉に、雲雀は淡々と応じた。
「君を眠らせてみれば、彼に会えるんじゃないかと思ってね」
「いやいやいや!!そんな物騒な!!」
顔の前で両手を振ってお断りを全身全霊で表現しながら、沢田綱吉は後ずさる。
「物騒?そうかな。僕は本気だよ」
1歩踏み出すと、その分だけ沢田綱吉は後ろに下がる。
「なお悪いです!落ち着いて!落ち着きましょう!ヒバリさん!」
「僕は、」
冷静だよ、と告げた。
武器を振り上げると、反射的にか沢田綱吉はぎゅっと目を閉じた。
瞬間。
ぞく、と雲雀の背筋があわ立つ。
目の前で硬く目を瞑る少年。それが途端に周囲からはおそらく異質で、自分にとってはひどく鮮明な存在になったの
を感じる。
この生き物はなんだ?
そんな疑問が高鳴る期待とともに脳裏を埋め尽くす。
これは、彼だ。
答えは目の前にある。どくん、と鼓動が大きく跳ねた。
沢田綱吉は閉じた瞳をゆっくりと目を開く。
その瞬間をスローモーションのように感じながらただ視線を奪われていた。
開かれた瞳の色は、一瞬前のその瞳が閉じられた瞬間の薄茶ではない。橙の色だ、金色に近い。怯えの抜け落ち
た綱吉の表情は無表情で、輝きを放つ瞳だけがただ険しかった。
綱吉の唇から不機嫌に、常のそれより低い声が放たれた。
「・・・・お前か」
「ワオ」
「もう少し眠っていたかったんだがな。無理矢理オレを起こすな」
睨むような視線に喜びが湧き上がった。会えた。やっと、彼に。
「会えて嬉しいよ」
本格的に武器を構えて、雲雀は上機嫌だ。
取り合うつもりのないらしいジョットは、そんな雲雀を一瞥し、どうでもよさそうに肩を竦めて見せた。
「あまり綱吉を怯えさせるな。可哀相だろう」
「そんなの、知らないよ。僕はその子に興味はない」
「そのくせ、やたらに付き纏っていたようだが」
ずっと視線が鬱陶しかった、と呟く。
同一人物。だというのにまとう空気が違うというだけで印象がこうも変わるものだとは思わなかった。
改めて目の当たりにしてそう思う。
「君に興味があるからさ。君は彼で、彼は君なんだろう」
「わかっているならなぜオレなんだ。綱吉ではいけないのか?」
伺うように、試すように。ジョットは口元に笑みを覗かせて雲雀を見つめた。
こういうときの彼の瞳は真っ直ぐだと、雲雀は思った。
怯えながらもきちんと視線を合わせてくる沢田綱吉と、似ていなくもない。同じといえなくもない。
ジョットの楽しそうな光を帯びた瞳が煌く。その煌きにわずか目を眇めながら、雲雀は答えた。
「僕と戦えるのは君だけだ」
ふむ、と頷いたジョットは不意に黙り込む。
それから視線をめぐらせ、何かを考えるようにしてからぽつりと呟いた。
「どうせ今夜にでも出てこなきゃならなかったか。仕事もありそうだ」
独り言のようだったそれを聞き返す。
「仕事?」
ジェットは雲雀に視線を戻し、少しだけ考えるようにした。
品定めでもするように、たっぷり1分はまじまじと見つめ、口を開く。
「・・・・お前、オレの仕事を手伝え。そうすれば、戦ってやらんでもない」
「本当?」
途端に機嫌が跳ね上がる雲雀に苦笑する。
欲望に素直な子供のように、目をきらきらさせている恐怖の風紀委員長に。
「お前意外と可愛いな。子供みたいだぞ」
命知らずともいえるセリフを囁いて、それから欠伸をして見せた。
「オレはもう少し寝る。ツナが起きるかもしれないが気にするな」
「夜には会えるんだろう?」
「ああ。夜に屋上で待っている」
言って笑う。その笑顔が鮮やかで、艶やかで、その強い色彩に目を奪われる。
楽しい生き物を見つけた歓喜で胸が満たされている。
綺麗な生き物だ。とても。彼は。
だが彼が最も美しいのは、やはり戦うそのときなのだろうと思う。
早くそれを見てみたいと思う。その視線の先にただ自分がいることを望む。





「・・・ん?あれ?何でオレ、こんなところで寝て、ってヒバリさん?」
見開かれた瞳が、そうだった!というような、そんな色に染まる。
眠る前を思い出したのだろう。
応接室。ソファーの上。
飛び起きてわずかにあとずさるのを視界に入れながら、こっちの子は本当に小動物だな、と思う。
あっちの子は、いうまでもなく肉食獣で、雲雀と同じに、咬み殺しても咬み殺しても埋まらない隙間を抱える、どこか
空虚な生き物に違いないというのに。
こっちの子、こと綱吉を見るともなく見ながら、あっちの子こと、ジョットを思う。
このアンバランスささえ、この生物を雲雀にとっての、何か魅力的な生き物に仕立て上げている気がした。
こっちの子とあっちの子はこの1つの体を共有しているという。
こっちの子は理解できないが、あっちの子はとても好ましい。
それならこの小動物を咬み殺さずに容認することくらいは容易い。
怯えた瞳に気づきながら、それには頓着せずに告げた。
「ああ。君起きたの。もう帰っていいよ。とっくに下校時刻だ」
「は、はい。さようなら」
見逃してもらえる、とあからさまに書いてある顔で綱吉はほっとしてみせると、こういうときだけは素早く退室すべくド
アに走る。
「うん。また夜にね」
振り向いた綱吉が聞いてきた。
「ヒバリさん、あいつに会えたんですか?」
「うん。夜にって約束したよ。今日は君、早く寝るんだね」
彼が出てこれるように。
雲雀は機嫌よく言いかけた。分かっているのかいないのか曖昧な表情で、頷いた綱吉を確認して唇の端を釣り上げ
る。
その舌なめずりするような笑みで綱吉は震え上がると勢いよく、失礼します、というなり部屋を出て行ってしまった
が。
今夜会えるはずのあっちの子を思って、雲雀の笑みはしばらく消えなかった。





夜、まだ深夜の粋に入らない時間帯にジョットは現れた。
綱吉は雲雀の言いつけを守って早くに眠ったのかもしれない。
そこは評価してやってもいいと寛容に雲雀は思った。
闇に明るく浮かび上がる金色の気配に目を細める。
極上の獲物がここにいる。
そんな雲雀の内心を知ってか知らずか、ジョットは好き勝手に雲雀を連れまわす。
ここだと案内された場所は、風紀委員の報告にも最近になって上りはじめ、目をつけていた場所だ。
放棄された工事現場。夜と言う時間帯も手伝ってか人の目も気配もない。
もともと街の住居区画からは離れた場所だ。
例えば大声で怒鳴ったとしてその声は一番近くの住居にさえ届きはしないだろう。
報告書にかかれたいたことは頭に入っている。
それを記憶の中でなぞって、それから本当にここが目的地なのかと、確認するように視線を投げる。
それを受けてジョットは頷いて見せた。
「あそこにいる連中を軽く再起不能にする」
「ふうん。おもしろそうなことやってるね」
笑ってそういった。
どうせそのうち調べてみようと思っていたところだ。そのあとで報告が事実であれば粛清も行うのだから、どちらが先
になろうとたいした問題ではない。
他ならぬジョットからのお誘いだ。
獲物が横取りされるのは面白くないが、それが彼なら分け与えてもいいとさえ思える。
獣の求愛みたいだ、とほんのわずか雲雀は頭の隅で思った。





3人。
多いとも少ないともいえない数だ。
しかしそれの強さは文句のないものだったといえる。
雲雀はそのことに満足して血痕の残るトンファーを収めた。
うん。悪くない。
すでに昏倒している3人を眺め下ろして思う。
少し離れた場所に立っているジョットに問いかけた。
「外人?こいつら何者?」
「調べてみたらどうだ?お前なら容易いだろう」
興味なさげにジョットが言う。
すでにある程度は調査していて知識を持っているのだろうと言いたげにも見える。
「言いたくない?」
だからといって答えない理由にはならない。答えたくないのかと、言外に問いかけたが、返る答えはそっけなかった。
「言うまでもないだろうからな」
「素人じゃないね。咬みごたえが違った」
「こいつらはプロだからな」
「ふうん。プロ、ね」
ジョットが欠伸をかみ殺したのがわかる。眠いのかもしれない。
もしかしたら、初めてあった夜のように眠ってしまうのかもしれなかった。
出てきていられる時間には限界があるのだろうか。
雲雀としてはもう少し彼との時間を有意義に・・・・有体に言えば戦ってくれるという、昼間にさせた約束を果たしてもら
いたかったが、彼が限界だというのならまた日を改めてもいいと思う。
いつ現れるかわからない、それでももう一度彼に会えるなら悪くないと思う。
そんなふうに他人に対して譲歩するような気持ちになることは経験がなかった。それでもなぜか不快ではない。
むしろ気分を高揚させた。単に戦った後だからということもあるかもしれなかったが。
何かを考えるように中天を仰いでいたジョットが、雲雀の視線に気づいて顔を向けてくる。
少しだけ笑みを浮かべて問いかけてきた。
「オレとの仕事はつまらないか?」
「そうでもなかったよ。うん。悪くなかった」
「そうか。それならお前がツナを守る、その見返りはそれでいいか?」
「もう1つ。僕と戦ってくれる?」
「気が向いたらな」
もうひとつ、欠伸をしながらジョットが頷く。
「ならいいよ。あの子を狩るのは容赦してあげる」
「ツナは人がいいんだ。あんまり付け込むとオレが容赦しないぜ」
「別にそんなつもりはないよ。僕はあの子より君のほうに興味があるんだ」
「確かにお前はツナにとっても使える人間だ。始末するわけには行かないな」
言いながらも目が眠そうだ。
「寝るの?ジョット」
初めて口にした彼の名は口に馴染むものだった。知らず微笑が浮かぶ。
ジョットはそれに気づかないようだった。
眠い、と小さな声で呟く。
途端にふらりと傾いた体を支えた。
そして冒頭に戻る。





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