そもそもの原因は何であったかと考えた。
ああ、そういや事の発端は3ヶ月前の悪夢の酒盛りから始まったんだっけ、と思いをはせる。
でもだからといって、それが何で今のこの事態に繋がるのか、さっぱりとわかりはしない沢田綱吉である。
恨まれるようなことをやった覚えはない。どちらというなら、被害者は自分であったと断言できるというのに。
現在イタリア本拠地に身をおく沢田綱吉の執務室はほぼ全壊状態だ。
哀しいほど辛うじて、部屋の扉だけが半分以上破壊された壁にくっついてぷらんぷらんとゆれている。
綱吉はそれをしばらく見つめてから、重く沈痛な溜息をひとつ吐き出した。
酒飲みランデブーその後
「ちょっと君、この僕を避けるなんていい度胸してるね」
平和なイタリア本部に突然押しかけた雲雀の、そんな静かな怒声が響き渡ったのはつい1時間ほど前のことである。
ついでボスの部屋が破壊されたのがその20分後で、勝手に自己完結した雲雀恭弥が、もういい、帰る、と身を翻し
たのがその10分後である。
綱吉はといえば、その間、落ち着いて話し合いましょう、とか、ヒバリさん冷静に!!、とか、ヒバリさんやめてえええ
え、とか。
その後に続く悲鳴とか悲鳴とか悲鳴とか。そんなものをただひたすらに上げていただけだ。
きっと最強であるところの某家庭教師様に言わせれば、情けねえ、ということにでもなるだろうが、綱吉が雲雀恭弥に
対して強気に出られないのはいつもの話ではあるし、とりあえず今現在ここにいない人間のことはどうでもいい。
そしてその突然の襲撃の理由といえば、冒頭の雲雀のセリフ以外には思い当たらない。
彼は捨て台詞も残していった。
「だいたい君、僕が誘わないと遊びにも来ないってどういうことなの」
遊び?遊びって暴力のことか!
あんたの遊び物騒すぎてオレにはついていけないから!!
綱吉は1人の部屋で嘆息する。部屋と入っても既にその一部から青空が拝める。
目に突き刺さるような日差しが眩しい。
見上げたついでにもう1つ溜息を落としておく。
避けるなとか、遊びにこいとか。
避けていた自覚はあるだけにそれに対しては反論できないが、遊びにこいってどういう意味なのか。
そもそも、ヒバリさんっていえばさ。
雲雀恭弥の深く黒い瞳を思い浮かべる。
日本支部にリボーンさえいれば、オレのことなんて今までどうでもよさげだったじゃん?
哀しいほどないがしろにされ続けた過去の記憶を振り返る綱吉である。
オレなんか視界に入っていないって言うかなんていうか。
雲雀恭弥の視線とその興味の行方は、いつだってあの黒衣の赤ん坊のものだった。
だから今更自分がちょっとくらい避けたところで、気付いてもいないに違いないと思っていた。
雲雀は鈍い人ではないが・・・・というかむしろ鋭い人ではあろうが・・・・自分が興味のないことにはとことん無関心な
人でもある。
今までだって、偶然でも仕事でも、会うのは年に2度か3度で、たいした会話をするわけでもなく、とりわけ親しいわけ
でもない。
親しいということでなら、草壁などは阿吽の仲だろうし、リボーンは雲雀の最愛だろう。
表向きには犬猿の仲だと思われている六道骸とだって、本人達は否定しようとも根本の部分では同じ人種だ。
実は誰より分かり合っているのではないかとも思う。
同族嫌悪的感情は確かに存在するのかもしれないが、なにかと接点や接触を持っているようだし、当人同士がどう
主張しようと、少なくとも綱吉とよりはよほど仲良しさんではなかろうか。
雲雀はその他の守護者、了平や山本とも存外仲がいい。
それに比べて綱吉は、リボーンのオマケ的な認識しかされてないんじゃないかと思う。
そういう意味では雲雀が綱吉と会うことを楽しみにしているとは考えにくいし、ここ数ヶ月の間に1度や2度会えなかっ
たからといってさほど気にしているとも思えない。
というのに。なぜか並盛の王様はお怒りらしい。
どういうことなんだろう。
うーん、と綱吉は呻いた。
色々と疑問はあるものの、結局のところその答えは、気まぐれだからとか、雲雀恭弥だからとか。
そんなものしか見あたらないらしかった。
「子供みたいな人だよな、あの人。オレにはあの人の考えることとかわけわかんないし。別にヒバリさんが嫌いってわ
けじゃないんだけど。痛い思いするのも怖い思いするのもごめんだって思うだけでさ」
ぶつぶつと。
体育座りで自分の膝頭を眺めるともなく眺めながら独り言めいて並べ立ててみる。
実際に独り言でしかなかったが、状況を整理するには有効な手段だ。他人に見られさえしなければ。
破壊されつくした部屋を見渡して、ああ、と溜息をつく。
雲雀恭弥。
並盛の帝王。破壊の根源。
奔放で孤高で暴力的で。なにより闘争を誰よりも求めている。
そうだというのに。
眦をきりきりと吊り上げたあの人は、だけどどうしてあんなにも綺麗なんだろう。
嫌いにはなれない。なれそうもない。
あの日のどきりは今も続いている。一度きり、アルコールのせい、ではおさまらなかった。
胸が痛い。鼓動が食い込む。
綱吉が雲雀を避ける原因はそこにもあった。
動悸が激しくなるような原因なんて、自分たちの間には何も見当たらない。
雲雀といえば中学のときから凶暴に吹き荒れて、苛烈に駆け抜ける、きわめて迷惑な来訪者だった。
常に先鋭的で、誰よりも高みにあり、そして誰からも遠くある。
最初は、人としての感情の機能が初めから目茶苦茶に壊されたような人だと、綱吉は思っていた。
それがどうもそうではないと気づいたのは、あの黄色い小鳥が雲雀に懐いているのを目撃したときだ。
感情がないわけじゃなくて、そのあり方が自分のそれとは大幅に違うだけなのだと気づいた。
違いすぎて、重なり合う部分はひとつもないかに思えたそれは意外にもそうではなく、一度そうと気づいてしまえばい
くつか、行動とは裏返しの感情に気づくことも多かった。
それは心地いいものだった。不快ではない。
だから雲雀を嫌いかと問われたのなら、それに自分は頷かないだろうと思う。
それならば好きなのかと問われれば、それはイコールで繋がるものでもないはずだろうとも、思う。
嫌いではないというだけの答えが正逆である好きに直接裏返るほど、人の感情はそうも単純にはできていない。
どきりと、雲雀を思い出すたびに食い込む胸の鼓動の意味は、そう簡単に名前をつけていいものではないはずだ。
「だいたいさ、もしオレがあの人を好きだったとしたっても、オレはあの人に何か求めてるわけじゃないんだよな。求め
られることって嫌いそうだし、そもそもオレあの人のこと、よく知らないし」
群れを嫌う雲雀は形ばかりボンゴレに籍を置きながらも、完全にこちらの人間ではなかったし、時に敵のようでさえも
ある。
そんな雲雀の引いた一線は、やはり彼独特の、群れや馴れ合うことを嫌う気性であると思えたから、あえてそれを超
えてみようと思ったことなどなかった。
雲雀が隣り合わせのアジトの建設を許可してくれたことには感謝するが、不可侵規定だと扉を設けられてしまえば、
マスターキーを渡されていてさえ、それを開けてみようとは思わなかった。
雲雀自身は時々イタリア本部にも顔を出すし、日本のボンゴレアジトにも正面から堂々とやってくるが、綱吉が雲雀
の財団に自分から訪れたことはない。
リボーンに引きずられてとか、雲雀に強制連行されてとか、いつだってそんな理由だ。
雲雀がこの距離を守りたいとラインを引くのであれば、それを壊すことにそれほど積極的になれなかったからだ。
雲雀がそう望むなら、それ以上は求めない。そんな距離感を常に保っていた。それが、それほど間違っているとは思
わないが。
雲雀がもしもそれに、怒っているのだとしたら。
「よくわからないな・・・・」
わからないことだらけだ。呟いてみる。声は我ながら絶望的だ。
どんな感情から雲雀はそれに怒るのだろう。群れが嫌いだと公言して距離を置くことを望むくせに、子供のように遊び
にこいと言ったりする。
綱吉には雲雀のことなど出会ってこのかた分かったためしは一度もなかったが、だからといってわかることを諦めてい
るわけでもない。
時折扱いに困ってしまうそんな人。
綱吉が分かる範囲の限界はそこいらだ。
だからといってもしも雲雀が今以上の距離を、例えば自分から完全に離れて言ってしまうような、そんな距離を綱吉
に望んだなら、それをも自分は容認するのだろうか。
好きかどうかはわかりはしなくても、扱いに困ると思いながらも、失いたくないとは思うのだ。
そうだ。オレはあなたを失いたくないんだ。一定の距離は保ちはしても、完全に離れて遠くにいかないで欲しいんだ。
綱吉は顔を上げると、部屋の隅に転がっていた電話をとる。
辛うじて回線は生きているらしかった。獄寺を呼び出す。
「あ、獄寺くん?ほんっとうに悪いんだけど、オレ、ちょっと今から日本に行ってくるから」
「いきなりどうしてですか10代目!!それならせめてお供にこの獄寺隼人をお連れくださ、」
ごめんね、と呟いて獄寺の言葉が終わるのを待たずに内線を切る。
後の課題は、現在出張中の獄寺が、それこそ飛ぶような勢いでここにやってくる前にさっさとずらかることだけだ。
雲雀は多分、日本に帰った。今はリボーンも日本にいる。
「やあ赤ん坊。僕今すごく気持ち悪いんだ。手合わせしてもらえるかい?」
日本に帰るなり隣のボンゴレアジトを強襲、出てきたリボーンの前に立った雲雀はそう言い放った。
その表情は、上機嫌のようにも見える。不機嫌のようにも見える。
口をへの字に曲げて、目を爛々と輝かせて、それでも何か苛々しているように見えた。
ふん、とリボーンは口元に笑みを乗せる。
「ああ。特別に、少しだけな」
告げた途端、雲雀が獲物を携えて跳びかかってくる。
小気味いいと思う。不器用だとも思う。
いなして払って受け止める。弾き返す。どちらも息は上がらない。
半歩飛び出した雲雀が反応できない死角から右足を側面に滑り込ませ、雲雀のふくらはぎをかかとで引っ掛ける形
で踏みつける。
膝を折られ体を沈ませた雲雀の首筋に人差し指を突きつけて、リボーンは笑った。
その位置が頚動脈の位置だと気づかない雲雀でもないだろう。
リボーンは本気を半分も出していなかったし、どのみちまだまだ雲雀ではリボーンには勝てない。
視線だけが射殺すように鋭さを増す。
本気の殺気にぞくぞくする。
まだまだお前は伸び盛りだな、と教師の一言で手合わせの終了を告げると、リボーンは改めて雲雀に向き直った。
「それで?今度はお前、ツナに何を求めてんだ?」
まるで何もかもお見通しのヒットマンの言葉に雲雀はわずかに眉を寄せて不機嫌そうな表情を作る。
それから困ったように目を伏せた。
少しだけ考えるようにする。告げた。
「嫌われるなんて思わなかったんだ」
「別にツナはお前のこと嫌ってなんかいねえぞ。あれは嫌悪するとか憎悪するとか、そういう種類の気持ちは持てね
えヤツだ」
「でも僕はどうやったら仲直りできるかわからなかった」
声は拗ねている子供のそれだ。
分からないと彼は言う。当然のことのようにそうと口にする。
わかろうともしなかったし、分からなくてもいい種類のものだったのだろう、今まで雲雀にとって、他人との仲直りの術
などと言うものは。
他人がどう思おうと自分のしたいようにする。他者の気持ちなど考えたこともない。
それが雲雀のスタイルだ。だからわからない。
わからないと、素直に彼の唇は言う。唇を尖らせて言うのだ。子供が不満を訴えるように。
「ねえ、赤ん坊。僕はやり方を間違えてるのかな」
感情を攻撃という方法でしか示せない子供が、困ったような声音で訴えかけてくる。
はん、とリボーンは鼻を鳴らした。
「お前らしくもねえ。お前は取引にはもっと現実主義だろう」
「取引」
繰り返す雲雀の言葉に頷いてやる。
「ツナとのやり取りは取引と同じに考えちゃダメなんだぞ。現実主義が一番だが、取引じゃねえ。そこんとこを間違え
ねえようにしねえとな」
「ギブアンドテイクじゃダメって事?」
雲雀は疑わしげに首を傾げた。
「まあそうだ。仲良くしたいなら素直にそう言っとけ、アッロードラ」
「・・・・君が彼にする、仲直りの手段ってなに?」
「ジャッポネーゼ流で、飲みに行く、ってやつだ」
ツナのヤツあれでかなり飲めるくちだからな、と告げてやる。雲雀は眉根を寄せて顔を顰めて見せた。
「なにそれ。今やったら逆効果じゃない」
先の一件で何かまずかったんだろうという推測くらいはできているらしい。
仲直り。なかなおり。NAKANAORI。
それが今現在の雲雀の心を占める唯一の課題である。
自分のアジトに引き上げて和装に着替えながら、ふん、と鼻を鳴らしてみた。
相手は、草食動物だと思っていたらいつのまにかそれだけだとも思えないような牙を披露するようになってきた、最近
では油断のならない後輩だ。守りたいもののためになら彼は百獣の王たる獅子にさえなる。
そんな彼はイタリアにいる。ほんの数時間前・・・・もうじき1日たつが・・・・イタリアでのほほんと部下に守られてデス
クワークに励んでいるところを咬み殺してきたばかりだ。
それで、仲直り。その手段について模索する。
ネット回線をつないでの電話というのは一番に却下した。
拒否られるとは微塵も思わないが、顔を見て、なにを言ったらいいのかがまずわからない。
ごめんなんていえるわけもない。遠まわしに言うのはもっと苦手だ。
直接会いにいったって、結局またなにもいえないまま咬み殺して帰ってきてしまいそうだ。
そういう方面での自分のだめっぷりに頭を抱える雲雀恭弥である。
草食動物、こと沢田綱吉とは、数ヶ月前に一緒に酒を飲んだ。
それだけだ。その夜の何かが、大空の名の通りにたいていのことは諦めて納得できる、許容範囲のだだっ広い彼に
して、お気に召さないものだったらしい。
それから避けられ続けている。
会えないことそのものはそれほど問題ではない。
沢田綱吉が明らかにこちらを避けている、という事実がないのであれば。
別にすれ違うことは自体は珍しいことでもない。互いに忙しい身だ。同じイタリアにいてさえ会えないことは多いし、ど
ちらかが会おうと意図的に予定を調整するのでなかったら、偶然ばったりなんてことはほとんどないだろう。
今まで数ヶ月に2度でも会えていたのは、実は雲雀の方で密かに予定を調整していたからだ。
それが、この数ヶ月はどれほど調整しようとも、会えない。明らかに逃げられている。それが気に入らない。
口に出したことはないが、雲雀は沢田綱吉のことが気に入っていた。
何で避けるの、といってみたものの、自分が彼に会えるよう予定を調整してたなんて絶対に言いたくない。
何で遊びに来ないの、といってはみたものの、会いたかったなんていいたくない。
そんなことだから距離は縮まらない。縮まりようがない。
綱吉のほうでも、怖い先輩というイメージをいまだに抱き続けていることだろう。
むす、と雲雀は口をへの字に曲げたまま腕を組んだ。黄色い小鳥が頭に止まる。足先が頭皮に触れる。ついでのよ
うに掠める羽根の感触がこそばゆい。
襖の向こうに気配がある。草壁のものだろう。そちらに意識を向ける。呼びかけられた。
「恭さん、客です」
客って誰、と聞き返す前に声が聞こえた。昨日イタリアで聞いたばかりの声だ。
「ヒバリさん」
沢田綱吉、と口の中で呟く。
「入ってきなよ」
「はい、お邪魔します」
声のわずか後に草壁が襖を開いてその後ろに立っている綱吉に入室を促す。
軽く笑んで会釈すると綱吉は敷居をまたいで部屋に入り雲雀の前に座った。
草壁はそのまま雲雀に軽く会釈すると襖を閉めてその向こうに消えた。
穏やかな顔をした綱吉は雲雀の前にいる。その顔にも腕にも絆創膏が張り付いている。昨日の傷だろう。だというの
に綱吉はそれを責めるわけでもなく、こんにちわ、とただ笑った。
「君さ、」
「はい?」
「イタリアにいたんじゃなかったの」
「はい。昨日会いましたね」
会ったには会った。一方的に咬み殺したけど。
・・・・会話が続かない。
いざ本人を前にすると何をいっていいのか全くわからなかった。綱吉が優しげな顔をするからだ。
いつでも彼は誰を責めもしないから、時々どうしていいのかわからない。
綱吉を前にするとなにか自分の中の強固に固めたものが崩されていくような気さえする。
彼がお節介でお人よしで弱くて強くて、なにより誰より優しいからだ。
「僕に何か用」
「あのねヒバリさん、」
綱吉が口を開いた。少し早口だ。言葉に迷うように一度区切って、それから彼は続けた。
「オレ、これからもっとここに来ちゃダメですか?」
「不可侵規定を締結したはずだよね」
言い切ると、情けなく眉が下がる。
もともとは彼以外の彼の群れが好き勝手にぞろぞろ入ってこられちゃたまらないと設けただけの規定だ。
何の下心もなしに扉1つで隔てられたお隣さんに建設を許すわけもない。
彼はそんなことにも気づいちゃいないんだろう。
「・・・・調子に乗ってすみません」
しゅん、として謝ってくる。本当に何も分かっちゃいない。
「別に来るなってことじゃない」
「でも」
見上げる瞳が上目使いだ。
こちらの気に入らないことはする気がないのだと、その眼差しが告げている。
「君が沢田綱吉個人としてくるなら構わない。もちろん、1人で」
雲雀はわざと淡々と告げた。
綱吉は驚いたように目を見開いて、それからふんわりと笑顔を浮かべる。
「!はい」
仲良くしたなら素直にそういっとけ、と言ったリボーンの言葉を頭がかすめる。
綱吉の笑顔の誘われるように声は口をついた。
「ねえ。仲直りの仕方ってわからないんだ。どうすればいい?」
どうすれば君は僕を避けなくなるの。僕を見てくれるの。僕と仲良くなるの。そもそも仲良くなるって、どういうこと?
きょとん、と蜂蜜色の大きな瞳が見開かれる。
「オ、オレもわからないです・・・・」
だけど、と言葉は続く。
「なんとなくだけど、ヒバリさんのこともっと知りたいなって、多分オレ、ヒバリさんがオレを見てくれて、オレと仲良くな
ってくれて、オレを知ってくれようとすれば、きっと、」
彼が呟く言葉は奇妙なほどゆっくりと、それでも確かに胸に浸透していった。
大きな薄茶の瞳が真っ直ぐに自分をみつめている。それだけでその言葉には偽りがないのだろうと思う。
彼の瞳はいつだって澄んでいる。
それをみるとひどく安心するのだといって信じてもらえるだろうか。いつだってそれをみたくて予定を調整していたのだ
と、そこまで言う気はないけれど。
うん、と雲雀はその瞳に頷いて見せた。
「大丈夫だよ、沢田」
僕は君をみているし、君を知りたいと確かに思ってる。それが仲良くするってことなら、僕は君と。
ゆっくりと噛んでふくめるようにそういってやると、沢田綱吉の瞳に何かほっとしたような、暖かいような柔らかいよう
な、そんな色が混じる。
唐突にそれに触れてみたくなって、手を伸ばした。
両手で頬を包むように触れる。
すると触れたそこからも暖かいものが溢れてきたような気がして、雲雀は目を瞬いた。
湧き上がる衝動は食欲に似た何か。けれどもそれは確かに食欲ではない。ひどく似ているが、違う。
こくりと、我知らず唾液を嚥下する。
戸惑うような綱吉の声が今更のように鼓膜を震わせた。
「ヒバリさん?」
「黙って」
顔を近づけて囁くと息を呑んだのがわかる。怯えるように瞳がぎゅっと閉じられた。
雲雀は笑った。
なんて可愛い、極上の獲物。
「ねえ。咬んでいい?」
耳元に囁きかける。途端、びく、と震えた彼は目を見開いた。
「またそれなのー?!」
また、ということは前回があったということだろうが、覚えていない雲雀は眉を寄せただけだ。
「なに不満なの。じゃあ舐めていい?」
最大限の譲歩を提示しながら、唇を舌なめずり。
それを見上げて、綱吉はしぶしぶというように覚悟を固めたようだった。
こちらも最大限の譲歩、というように告げてくる。
「・・・・痛くないようにお願いします・・・・」
いうなり瞳は閉じられた。
ぺろりと。
頬を、首筋を、唇を舐めて、やっぱりそんなんじゃ我慢できなくて。
かぷりと噛み付いた首筋に、綱吉が悲鳴をあげるのは、それから3秒後のこと。
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