いつも僕がいうばっかりじゃないですか。たまには僕だって聞きたいです。
モヤシはそういって、ダラダラだらだら・・・・とにかくだらだらと、任務がないのをいいことに、俺の部屋に居座り続ける
つまりのようだった。

メガトンハニー



はっきり言おう。
オレはそれなりにコイツのことを気に入っている。
今まで本人はおろか、誰一人にだって言ったことはないように思うが。
というより、おそらくは生きているうちに口に出して言うことはないんじゃないかと、妙な覚悟さえしている。
何がどうしてそんな決め事を自分に課してしまったのかは、オレ自身にもわからないが。
決意は、決意だ。守られることにこそ意味がある。
半ば意地になっているのだとしても、そしてそれこそが執着であるのだとしても、・・・・何に対する意地かはオレ自身
にもわからない、ひょっとすると単なる照れを正当化させただけの話かもしれなかったが・・・・、決意は曲げないことに
こそ、意味が求められる。
だのに。
「言葉に出さずに全てわかってもらおうなんて横暴です」
そういって、ぷうっ、と頬を膨らませた子供じみた仕草で不満をあらわにしたモヤシは、そういったきり自分の部屋に
帰る気はないようで、オレの部屋のベットに突っ伏したままだ。
オレはベッド脇の椅子に腰掛けたまま、うんざりとそれを見下ろしていた。
・・・・ったく、なんだってんだ。
「お前、拗ねるなら自分の部屋に行って拗ねやがれ。迷惑なんだよ」
それか構ってくれる人間のところにでも行けばいい、と言おうとして、それは留まる。
それでラビはまだしも、リナリーやコムイなどに言いふらされた挙句、リナリーを敵に回わしたり、コムイにからかいの
対象にされるのだけは願い下げだ。
力ずくで追い出せない理由もまた、上に同じ。
全くの手詰まりで、オレは、ふん、と溜息をついた。
じ、と完全に据わったモヤシの瞳がオレを見上げてくる。
「んだよ。言っとくけどな、お前がいくら粘ろうが、オレは言葉をお前に対して言う気はねェからな」
言葉にされることが全てじゃないといい加減わかれと説教でもしてやりたい。
オレはそれなりにコイツを気に入っている。
気に入っているの意味は様々だ。
ケンカも殴りあいもそれなり以上にこなしてきたが、そのつど浮かぶ感情は嫌悪ではなく、むしろ正逆のものだった。
モヤシもケンカをすれば、口は意外とえげつないし、本気で殴ってもくるが、なぜかその時々、こちらに刷り込むように
口説いてきた。

好きです。
愛しています。
神田も僕を好きになってください。
僕、君を大事にしますから。

言葉は様々だった。どれも、本気の愛を語るものには違いなかったが。
その時に浮かんだ気持ちでさえ、困惑でこそあれ、嫌悪ではなかったのだ。
なんだかんだ言っても仲間だ。だからそれと同じに、大切に思うだけだと思いもしたが。
それだけではない、未知の感情が入り混じるのにある日突然気づいてしまった。
だから、そういうことで、モヤシにとってオレは、一応は恋人と言うカテゴリーにおさまったはずだ。
そのときでさえ、オレは自分からは言葉では何も言いはしなかったのだから、モヤシがオレからの好意を感じられな
いと嘆くのも当然といえば当然だとはいえる。
それでも。
オレは、言わない、じゃなくて、言えねェんだって、そんなオレに惚れたテメェが何で気づかないんだと、むしろ罵って
やりたい。
それがどれほど理不尽な怒りだとしても、口説き落としたのはテメェなんだから、そのくらいの我侭は認められるはず
だ。
モヤシの見上げる視線を睨み返す。
モヤシは不満そうに口を開いた。
「じゃあ、君が僕に抱かれるのって、なんでですか」
「テ、テメ、」
何言ってやがる、と言いかけて、ここにはオレたちのほかは誰もいないんだから慌てる理由もないかと思い直す。
頬が赤くなるのは仕方がない。
接触過多でオープンな英国人と、恥じらい文化の日本人の価値観が違うのは今に始まった話ではないが、コイツと
いると時々心臓が持たない気がするのは絶対に気のせいじゃないはずだ。
直接表現を嫌うオレを知らないはずもなく、モヤシも、その言葉には多少の嫌味も込めていたのだろう。
オレは、口を一文字に結んで黙り込んだ。
これはもう勝負だ。
オレはそう思って長期戦を覚悟した。
視線が絡む。ぎろ、と睨みつけてやったのに。
「もしかして、神田、」
呟いた、いいかけの言葉を放置したまま、真っ赤になってモヤシが、突然俯いた。
「?」
その理由がわからなくて、オレはその顔を覗き込む。
するとモヤシは、それを嫌がるようにか、勢いよく顔を上げた。
がつん。
「痛っ!!」
「・・・・っ、テメェ・・・・!!」
顎に直撃されて、オレは涙目だ。一瞬目の前に星も飛んだ。
オレはすかさずモヤシの胸倉をつかんだが、モヤシは俯いたときよりさらに赤い顔で、打ちつけた頭を抑えたまま、瞳
は痛みのせいだけというわけでもなさそうな涙目だ。
ケンカ腰の姿勢など全く見受けられない。いつもはそういう単純な事故からケンカが始まるのだが、今回に限ってモ
ヤシのほうにそういうつもりはないようだった。
というより、様子がおかしい。
いぶかしむ様に顔を近づける。もちろん胸倉はつかんだままでだ。
モヤシは困惑したように視線を泳がせて、それからふいに、きっ、とオレを睨んできた。
「だって神田が」
「オレが何だってんだよ」
そりゃあまだ胸倉はつかんだままだが。
こんなもの、コイツがその気になれば簡単に振り払えるものだろう。そのくらいの力しか入れてはいない。
再び視線がそらされる。
「僕、帰りますね」
モヤシは突然聞き分けのいい子供のようにベッドから降り、胸倉にあるオレの手を握りこむようにやんわりと包み込ん
でから外し、名残惜しそうにそれから手を離した。
早足でドアの方まで歩いていく。
オレのほうはといえば、出て行ってくれるのはありがたいが、行動の意味が分からない。
それはそれで釈然としない気持ちで眉を寄せて、モヤシを視線で追っていた。
モヤシはドアの前で立ち止まる。
いつもするように挨拶をするつもりだろう、オレを振り返った。
そうして。
「・・・・どうしよう。君がそんなに可愛い性格だなんて、僕・・・・、思いませんでした」
「・・・・」
赤い顔で、それでもさっきよりは幾分か落ち着いた様子で、それだけを言うと、モヤシははにかむように笑って見せ
た。
ぱたん、と音を立ててドアが閉じられる。
モヤシが出て行ったドアをオレはどこか呆然と見つめていた。

何の偶然か、はたまた必然か。
モヤシはオレの心情を察してくれたらしかった。
結果として言うなら、言葉として口には出さずにすんだらしい。
オレは決意を守った。決意は守られることにのみ意味がある。
それだけは間違いのないところで、オレの信念だ。

・・・・だというのに、何か負けたような気になるのは気のせいなのか。
他人に心を読まれるというのは、実際に口に出して言うことよりはるかに。
・・・・照れくさいことなのではないか。
そう思いついてしまった以上、オレの意地の正体というのは、単純に照れ以外のなにものでもないらしかった。





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