とにかく、どうでもいいことには違いないのだ、部外者にとっては。
そして部外者でいたいのなら、無関心を貫くべきでもある。


被害者は誰だ





「どういうことなの。沢田綱吉」
どういうことなの、とはそもそもどういうことなのか。
綱吉は気力を振り絞って、目の前で視線を鋭くしている、一応部下であるところの雲雀に聞き返した。
「・・・・同じ質問をオレが聞きたいんですけど・・・・」
一応とはいえ部下相手だというのに、綱吉はどこまでも低姿勢で、どこまでも遠慮がちだ。
それは学生時代から変わらない。おそらく永続的に変わらないものだといえる。
互いの立場がどう変わろうとも。
雲雀は至極無表情に殺気だけを迸らせながら、淡々と答えた。
「とぼけなくていいよ。あの変態のブログを見たんだ」
「へ?骸のブログ?」
綱吉は首を傾げる。瞬時に嫌な予感に胸が焦げ付く。
ロクでもない。きっとあの変態のプログなんかロクでもないものに決まっている。
ロクでもないどころか、絶対に半分以上犯罪風味で、人間として色々なものを間違ったものに決まっている。
本人の存在そのままに。
胸のうちできっぱりと断言してから、綱吉は目の前の雲雀に視線を移した。
顔色を伺う。何か妙な誤解が生じているのだろうことくらいは想像はつくが、それがどういう種類の誤解なのかわから
ない以上、解きようもない。
それとなく聞いてみるしかないのだが、とにかく命懸けだ。
「そ、れで、そのプログがどうしたんですか・・・・?」
問いかけた途端、振り下ろしたトンファーで、どかっと目の前のテーブルを砕かれて、綱吉は悲鳴を上げて顔面蒼白
になる。
「ヒィィィィ」
「まず、僕の質問に答えなよ」
それとも死んでみるかい、などと雲雀が言う限り冗談にもならないことを言われて綱吉は文字通り震え上がった。
ドン・ボンゴレ、部下のクーデターにより死す、それこそ冗談にもならない新聞の見出しが脳裏をちらついた。
「お、おい、恭弥、」
綱吉の隣にたっていたディーノが、今にも白目を剥きそうな綱吉を庇うように割り込む。
偶然居合わせて、というよりもともとは彼が綱吉と会談していたところに雲雀が割り込んできた都合上、綱吉の隣に
立っていたのだが、とにかくそんな状況で、巻き込まれた形のディーノは、困惑を隠そうともせず、それでも弟弟子を
助けようと雲雀のトンファーの射程距離内に割り込んできたのだが。
「これは僕と綱吉の問題だ。あなたは黙ってて」
雲雀はディーノの顔を見もせずにぴしゃりと告げると、睨みつける視線で綱吉に詰め寄った。
雲雀からの殺気が増した気がしてぶるりと震え上がりながらも、綱吉は否定するように顔の前で慌てて両手を振り回
す。
「ち、ちょっと待ってくださいよ!!本当にオレ、何のことか分からないんです」
「ふうん。否定はしないんだね」
わからないと、事情説明を求めたというのに、否定しないんだね、とはどういうことなのか。
否定も何も、何がどうなってるのかオレはわからないんだよ!!と綱吉は雲雀のマイペースさに内心絶叫しつつも、
懸命に言いかけた。
「いや、否定って言うか、何のことか分からないんですってば!!少しは人の話を聞いてください!!」
大体兄弟子の前で痴話喧嘩ってどうだろう。
ディーノは、最新のボンゴレ内のゴシップは耳にしているのか、そしてその現場らしきものを見てしまったことにいたた
まれない心境ででもいるのか、なんともいえない顔で沈黙している。
一応自分たちの仲は、兄弟子はもとより、ボンゴレ内でもリボーンくらいしか知らないはずだ。
少なくとも最近まではそうだったはずだ。
最近ではどこから漏れたのか、噂になっていたりはするが。
もっとも、現場を押さえられたわけでもないから、どちらかが違うと言い切ってしまえばそのうち消える程度の噂では
あるし、綱吉は守護者の誰とでも、時折は噂くらいにはされている。
そういう意味で、噂はあくまで噂で、それほど真実味はないと捉えられているのだろうが。
ディーノさんにはバレちゃったな、と観念して思いながらも、ふと一つの可能性を思いついて綱吉は聞いてみた。
「それはそうとヒバリさん、なんかオレたちのこと、ボンゴレ内で噂になってるみたいなんですけど、」
「そうだね。僕が流したからね」
「ええ!!な、なんでですか?」
もしかしたらと思ったんだけど、やっぱりそうなのー?!!
他の守護者との噂に比べて、妙に迅速に広まった割りに引きが悪いと思ってたけど!!
頭を抱える綱吉に、雲雀はトンファーを構えたまま憮然といってくる。それこそ拗ねた子供のように。
「だって君、一向に僕を本命だって認めようとしないうえに、六道と浮気ってどういうことなの」
「いやいやいや!!それこそおかしいですから!!だってオレ、骸とはなんでもないですし、認める認めない以前にヒ
バリさんだけだし!!骸は変な電波キャッチするから、幻想で妙なこと言い出したのかもしれないですけど、そんなの
いつものことじゃないですか!!」
なんてお約束な勘違いなんだよ!!お約束にもほどがあるだろ?!!
骸が電波通信妄想を語るのは今に始まったことでもない。そんなのにあっさり騙されないでくださいよ!!と内心血を
吐く勢いで絶叫しながらも綱吉は慌てて否定した。
ふん、と雲雀が小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「じゃあ本人に聞いてみるかい」
雲雀は手を伸ばすと、綱吉に胸ポケットから携帯電話を取り出した。
ぴ、と番号呼び出し画面を開く雲雀に、綱吉はさらに顔色をなくす。
「うえ?!よ、呼ぶんですか?!アイツ?!呼んじゃうの?!やめましょうよ!!絶対面倒なことになりますっ
て!!」
人の話を聞かない人間が2人も揃うのはごめんだ、そもそもヒバリさんと骸が顔をあわせるとその場所には草一本、
虫一匹残らないし!!
そんな綱吉の内心の叫びを知らない雲雀は、・・・・いや例えば綱吉が口に出して言ったとしても無視したのだろう
が・・・・、部屋に入ってきたときから鋭い視線をさらに鋭くさせた。
「君の事情なんか僕は知らないよ。僕は真実が知りたいだけだ」
ああっ!!またなんか誤解が深くなってるし!!
「いや、オレがマズいからとかじゃなくってですね、アイツ来ると絶対に面倒くさいことになるから、って聞いてねええ
えー!!」
「ツナ・・・・」
ぽん、とディーノが同情するように綱吉の肩に手を置く。
そんなものに癒されている余裕もない綱吉は、はう、と半泣き状態で溜息を漏らした。
その正面では雲雀が骸に用件を告げている。
「やあ、南国果実。君の声なんか聞きたくもない上に顔も見たくないんだけど、聞きたいことがあるんだ。今すぐ沢田
綱吉の執務室にきなよ」
「クフ。呼ばれるまでもなくお邪魔していますよ」
それに返る骸の声は、思った以上に近かった。
というか明らかに、携帯から漏れ聞こえたというレベルの音量ではなく、同じ空間から聞こえる肉声だ。
綱吉は反射的に後ろを振り返った。
「骸、お前、人の部屋のどこにいつから隠れてたんだよ!!」
音も無く後ろに立つ、その姿を認めて、ぞっ、と鳥肌を立てながら疑問点を口にする。
「ずっとここに」
クフフ、と笑いながら、骸は壁の一箇所を指差した。
よく見ると骸の後頭部から背中、足元までの、後ろ全面は白塗りで、指差された白い壁は等身大の骸型にへこんで
いる。
「僕専用に作ってみました」
「・・・・平然と、さも当然のように何言っちゃってんの?!」
心持後ずさる綱吉に、ずずいっと距離を詰め、顔を近づけながら骸は言った。
「雲雀君に泣かされていたんですか、可哀想に。君は本当に可愛いですね。この穴のことなら、大丈夫ですよ。後で
跡形もなく埋めておきますから」
「大丈夫の意味がわかんないよ!!」
雲雀への恐怖とは別の意味で怖くなりながら、どこからどこまでにツッコミをいれていいのか分からない骸の言葉に
辛うじて綱吉はツッコミを入れたが。
背後から、硬質な声が響くのに、ぎょっとする。
「綱吉。部屋にこのパイナップルをかくまってたの」
「違いますって!!今の会話を聞いててどうしたらそういう解釈になるんですか?!」
振り返って告げた、が雲雀は既にトンファーをかなり本格的に構えたところだ。
「いい訳はどうでもいいよ。覚悟はいいかい」
マズい、状況としては非常にマズい。
「ひぃっ!!」
雲雀のトンファーが振り下ろされる、容赦のないモーションに、綱吉は震え上がって目を閉じた。
「死になよ」
「全くきみは、どうしてそう暴力的なんですかねえ。綱吉君が怖がっているじゃありませんか」
耳元で骸の声。気配が動く。骸が綱吉の前に出たのだろう。
同時に、がきっ、と綱吉の頭上で武器の組み合う金属音がした。
こうなるともう止まらない。
この状態の2人をとめられるのはキレた綱吉しかいないわけだが、今現在それをすぐには望めそうにはない。
状況が進んで、部屋の破壊が始まれば、それは時間の問題だとはいえたが。
震える綱吉と、がっちりと互いの獲物を組み合わせたまま、凶悪な表情で睨み合う2人を見比べて、にディーノは困っ
たように頬を掻いた。
これ以上ここにいても、できることはなさそうだ。お邪魔かもしれない。少なくとも睨みあっている2人にとっては。
綱吉の困りきった視線にも気づいてはいたが、部外者が口を出せそうな問題でもない。
申し訳なさそうに、告げる。
「ツナ、オレ、今日のところは、」
帰るわ、と続けようとしたディーノの言葉は。
「逃げるな!!」
と叫ぶ雲雀と骸の声に遮られた。もっとも2人は、ディーノにではなく、僅かにあとずさった綱吉に言ったようではあっ
たが。
ビクリと震えて硬直したディーノに、綱吉は縋るような視線を送った。
「デ、ディーノさん・・・・」
綱吉の情けない声が執務室に響く。
なんとか、何とか助けてくれと、縋る綱吉の瞳は語っている。
うるうると潤みきった上目遣いのお願いに、屈さない男など存在しない。
側ではガンの飛ばしあいに余念がない2人が、綱吉(くん)まだ無駄に色香を振りまいて・・・・!!などとやきもきしつ
つも、ディーノの信頼されている兄弟子というポジションに嫉妬していたりもするのだが、縋れるものなら藁にでも縋り
たい心境の綱吉と、その藁として縋られてしまったディーノには、とりあえずそのあたりのことは関係がなかった。
はあ、と溜息をついてディーノは懐から鞭を取り出す。
「ち、ったく。お前ら少し冷静になれ、な?」
びっ、と空気を裂く音に、いまだ武器を組み合わせたままだった2人は、素早くその場を飛び退る。
しかし鞭は、2人が反射的に空けた空間を掠めることすらなく。
空振った上にすっぽ抜け、綱吉と、放った本人であるディーノに当たってその場に落ちた。
「痛ってー!!」
「あだっ」
直撃した顔を抑えてうずくまる綱吉に、ディーノも打ちつけた足を押さえながら詫びる。
「スマンツナ!!じ、自分にも当たった・・・・!!」
ちなみにこの部屋にディーノの部下はいない。
そのディーノに完全に見下した視線を送りながら、さっきとは別の意味で涙目で赤くなった鼻の頭をさする綱吉に、雲
雀は詰め寄った。骸もその隣に並ぶ。
「ねえ。はっきりさせてよ、綱吉」
「そうですよ。この際はっきりさせてください」
びしっ、と相手を指差して2人は言い切った。
「僕とこの変態電波、どっちがきみはいいの」
「僕とこのむっつりアヒルくん、どっちがいいんですか?!」
鼻を押さえたまま、目を見開いたのは綱吉だ。
「うええええ?!な、なに言っちゃってんの2人とも!!だって、オレは、ヒバ」
リさんと恋人なんですよ、と続くはずだった言葉は、骸の故意であろう一言に遮られた。
「跳ね馬も何とか言ったらどうです?!」
「オレが?!何をだ?!」
いきなり水を向けられて、ディーノも綱吉そっくりに目を見開いて固まる。
「僕とこの黒スズメ、どっちがいいかって話ですよ!!聞いていなかったんですか?!」
ちょ、オマ、骸、そこでなんでディーノさんに振るんだよ!!
何故そこに部外者であるディーノが出てくるのか。ここでディーノに意見を求める意味ってなんだ。
意味不明の骸の行動に、綱吉の眉が寄った。
その綱吉がツッコミを入れる前に、何を勘違いしたか雲雀までもがディーノに言い募る。
「そうだよ!!このミラクルハゲと僕、どっちがいいの!!」
「・・・・」
「・・・・・」
綱吉とディーノは顔を見合わせた。
趣旨が違ってきている。この2人が揃うと、どこかで趣旨が摩り替わるから、いつものことと言えばそれもまたいつも
のことでしかないが。
かなり困った様子でディーノはぽりぽりと頬を掻いた。
「ええと・・・・、その2択はかなり嫌だな。どうせだったらオレはツナがいい、かな」
言った途端、ぴしりと音を立てて場が凍りつく。
「デ、ディーノさん!!何言ってるんですか?!」
綱吉は慌てた。
そのコメントはまずい。今この場では非常にまずい。
予想通りの不穏な空気に、綱吉はドス黒いオーラを背負った2人を振り返った。
「うああ、えっと、その、ヒバリさん?骸?デ、ディーノさんはそういう意味じゃなくて、オレが弟弟子だからって意味で、
オレがいいって言っても、2人みたいな意味合いとは違って、」
慌ててディーノの前に出て、フォローに回る綱吉をは目もくれず、2人は武器を構えなおした。
「・・・・咬み殺す」
「跳ね馬、・・・・堕ちろ」
ここに来てようやく、ディーノも事態を理解する。
そういうつもりが無かったとは言わないが、この2人を部下なしであしらうことなどできないことをすっかり失念していた
のだ。
「ち、ちょっと待て待て待て!!タンマ!!その2択でってんなら、恭弥にしとくから!!」
ことを穏便に収めようと、どちらかを選べとの2択だったのならそこから選ぶなら問題は生じないはずだと、まだましで
あるはずのほうの答えを差し出す。
その答えに。
「・・・・」
「咬み殺す!!」
骸は沈黙し、雲雀はさらに殺気を噴出した。よく見れば鳥肌が立っていたりする。
選べと迫っておきながら選んだらキレるってどんな理不尽さだ、とディーノは顔を引きつらせたが。
無言で俯いた綱吉の額に炎が灯るのに、ディーノは驚いて体を後退させた。
ディーノに向かって殺気を放ちながらグローブを完全装着する綱吉に、ディーノの顔から勢いよく血の気が引く。
「ツ、ツナまでどうした?!」
わけがわからず問いかける。
きっ、と綱吉は顔を上げて、視線を鋭くした。
「恭弥さんはオレのです!!奪われたら、死んでも死にきれねぇ!!」
「もうこいつらわけわかんねーよ!!」
つきあっていられるか、と逃げを打つため扉に走り、お約束のようにけつまずいてこけたディーノに。
いまや完全に部外者となった骸が、ちら、と同情的な視線をほんの一瞬だけよこしてきた気がした。
「ったく、コイツらほんとにアホだな」
いつから部屋にいたのか、呆れたように呟くリボーンの声も遠くで聞こえたが、転じて災いの回ってきたディーノにとっ
てはどうでもいいことだった。
「ツナ!恭弥!!落ち着いて話し合おう、な?」
じりじりと距離を詰めようとする2人に、両手を挙げて訴えかける。





「ところで骸。テメェ、ブログに何載せやがったんだ?」
目の前の、そこだけ無駄に緊迫しているらしい事態を楽しみながら、それこそどうでもよさそうな声でリボーンは骸に
たずねた。
なぜか、聞かれて骸は嬉しそうだ。
もしかするとこの男は、誰もそれについては触れてくれなかったことがやや不満だったのかもしれなかった。
この得体の知れない男は、意外にもピュアで、子供並に単純な部分があることをリボーンは知っている。
それでも分類するとするならば、変人系奇人科変態目に所属するだろうとは綱吉の弁だが。
「おや、アルコバレーノ。興味がおありですか?」
もったいぶってそう問うのに、リボーンはあっさりと告げた。
「いや興味なんざ一切ねぇが。一応、事の起こりくらい聞いておこうと思ってな」
言葉はそのままの意味なのだろう。
実際にこのまま骸が答えなかったとしても、今度こそどうでもいいような口ぶりだ。
それを察してか、骸は、こほんと一つ咳払いなどすると、すまして答えてきた。
「ええ、僕と綱吉君の恋愛ラブラブフィクション小説を少々」
「・・・・お約束すぎねぇか?捻りの一つもねぇのかよ」
呆れたように半眼で、リボーンが骸にツッコミをいれる。
そんなものにヒバリは、のせられたんだか、わざとのったんだかな、と呟くようにすれば。
「そんなこと、僕の知ったことではありません」
骸はかなりどうでもよさそうに、・・・・事実、どうでもいいには違いなかったが・・・・、しれっと答えてきただけだ。
「ま、どうでもいいけどな」
漏らされたリボーンの呟きも、やはり本心以外のなにものでもなかったが。





そんな会話が背後でなされる中で。
数分後、扉の前で控えていたディーノの部下が部屋に入ってくるまで、この状態は続いたという。





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