僕はいつだって1人なんだから、こんなときに君がいなくても、そんなことはどうだってよかった。
「でも、ですよ。一人ぼっちよりは、きっと、2人ぼっちのほうがいいと思うんです」
そんなことを言ったのは、それでも君だった。


幸せのレシピ





君の夢を見ていた。
中身はよく覚えていない。ただ夢の中には君がいた。
だというのに目覚めは最悪だ。
目を開いた途端、見えたのは果物頭で、それを咬み殺すには武器も体調も揃っていない。
そのどちらかでも揃っていたら、遠慮なんかせずに地獄に送ってやるのに。
どこで調達したのか、変態はこの部屋にあわせたように和装で、それが妙に似合っているのがむかついた。
不愉快以外の何者でもない変態の気配に全く気づけなかった、自分自身にも腹が立つ。
深く眠っていたのだとしてもだ。
眠りが君の夢を得たことで、心地よかったのだとしてもだ。
そしてこの奇人変人が、正攻法ではなく奇天烈な方法でこの施設に入り込んだのだとしても。
この状況何もかもに、腹が立つのだけは変わらない。
ぎり、と歯を食いしばってわずかに身を起こす。
それでさえ、ひどい眩暈だ。
視界が信じられないほど狭い。意識を保っているのさえ難しい。
おや、と変態が楽しそうに首を傾げて見せるのを、僕は精一杯睨みつけた。
そのくらいしか不快感を彼に提示する方法が、今のところ見当たらない。
もっともいつものように腕力を持って提示して見せたところで、全くこたえないのがこの男のなにより腹立たしいところ
でもあるが。
「僕の部屋でなにしてんの」
声に殺気を滲ませる。
声は情けないほど掠れていた。密かに舌打ちする。
侵入者は質問に答える気はないようだ。
「せっかくのクリスマスに風邪ですか」
「・・・・」
うるさい。黙れ。君はここで咬み殺す。
そう言えたらどんなにいいか。
うちは仏教だ。クリスマスなんて関係ないよ。
そんな、どうでもいいことまで考えてみる。
頭の中身がぐわんぐわんと回って、吐き出すもののないはずの胃から、こみ上げてくるものを感じた。
僕は変態を睨みつけているのさえ億劫になってくる。
ぱふん、と音を立てて、再び枕に頭をつける。起き上がれそうには、とてもない。
起き上がる努力をする必要もないのだろう。
こんな状態のときに、この変態の相手をするほど馬鹿らしいこともない。
疲れたい気分では絶対にないのに、この顔を見ているだけで体が深く疲労していく気がする。
馬鹿馬鹿しい。この上もなく。
いつか殺す予定だが、それが今である必要性はない。
ふん、と鼻を鳴らして顔を背けた僕に、六道骸は楽しそうに口元に笑みを刻んで・・・・顔が見えているわけではない
が絶対にそうだ・・・・問いかけてきた。
「何か欲しいものとか、あります?」
風邪を引いた子供に問いかける、母親の定番のような言葉だ。
それをこの男に言われるとは思っても見なかったが。
「いらない。さっさと消えなよ。消えないなら僕が消してやる」
即答しておく。
声は相変わらず掠れていた。
とにかく、この変態を追い払ってしまいたい。
例えばなにが欲しくたって、絶対に君なんかに頼んだりしない。
カラカラに乾いた喉が、どれほど水を求めて、痛みを訴えていようともだ。
こんなときに沢田綱吉はいれば、例えば同じ言葉を僕が吐いたとしても、彼は的確に、あれやこれやと僕の世話を焼
きたがるのには違いなかったし、僕自身も結局は・・・・、何より君がいてくれることが、嬉しいのだろう。
さっきまで夢に居座っていた、その人物を思い浮かべる。
そういえば、以前僕が風邪を引いたときに、お忙しいはずのボンゴレ10代目自ら、この変態と同じ質問を僕にしたこ
とを思い出す。
あの時、沢田綱吉が僕の寝室を訪れたときも、僕は珍しく深い眠りに落ちていたらしく全く目を覚まさなかった。
そうでなくても彼の気配は僕を刺激しないのだから、目を覚ます理由がない。
はっきりと意識が覚醒したのは、沢田綱吉のひやりとした冷たい手が、僕の額に触れたときだ。
君は、僕の熱を確認するなり悲鳴をあげた。
うるさいよ、君の声頭に響く、と殴りつけた僕を、悲鳴をこらえた涙目でうらめしそうに見上げた君は、咳き込む僕に途
端に強気になったみたいだった。
昔自分の家にいた、小さな子供たちでも、思い出したのかもしれない。
そうでなければ鬼の霍乱、とか。
どっちにしても失礼な発想には違いない。いつもならもう一発殴っているところだ。
けれど、こんなときに限って沢田綱吉は迅速で、いつものダメさ加減は微塵もなく。
涙目のままなところがどうにも格好がついていないが、とにかく彼は、きっ、と顔を上げると僕の目を真っ直ぐに見て
決然と言い放った。

薬!!何か食べて薬飲みましょう!!
ヒバリさん、リンゴ嫌いじゃないですよね?!オレ、すりおろしリンゴとか作ってきます!!
おかゆとか作ったことないから無理ですけど、リンゴすりおろすくらいならオレにだってできます。待っててくださ
い!!

そんなセリフとともに、ばたばたと騒がしく出ていった薄茶の、ふわふわした髪の後姿を思い出す。
かといって、なぜか今この場にいる変態に、そんなものを期待しているわけでは全くないが。
沢田綱吉に言われるそれならば、口ではなんと返そうとも、心が熱を持って騒ぎ出すというのに、この変態が言うそ
れを想像するだけで、どこまでも心は冷えていく。
氷点下なんて生ぬるい。なんていうか絶対零度のブリザードだ。
空にはオーロラとかが輝き、空気中にはダイアモンドダストとかが舞っている。バラは粉々に手で砕かれ、バナナで
釘だって打てるだろう。
僕は溜息をついて薄く目を閉じた。
再び襲ってきた眩暈に、視界が横に縦に揺さぶられる。とても耐えていられなかったというのが本音だ。
なんにしろ、この変態に欲しいものなど聞かれるのも意外でもあるし、裏がないほうがおかしい。
このまま弱っている姿を曝すのだって耐え難く、さっさと消えろと呪詛を吐く。
「欲しいもの、ですよ。なにかあるでしょう」
「君、死んでよ」
今この現状での望みといえばそのくらいだ。
だがそんな僕を無視して、変態はマイペースに続けた。
「例えば、沢田綱吉、とか」
僕は反射的に、落ちていた目蓋を持ち上げた。
変態は自分の頤に指を滑らせるようにして、クフフと笑うと、僕の反応を見るように視線を投げてきていた。
視界に入った、目を細めてにこりと笑う顔が癪に障って仕方がない。
いい笑顔だなコンチクショウ。
時々沢田綱吉はこの変態にそんなツッコミを入れていのを目にしたことがあるが、今正に僕の心境はそれだ。
沢田綱吉のようにバカ正直にそれを口にしないのは、多分多少はひねくれているからで、残りの大半はプライドだろ
う。
咬み殺すだけで済ませるなんて、生ぬるい。全快したら絶対にバラす。
胸のうちでだけ、殺害宣告をしておく。
六道骸に僕の心の柔い部分を、手探りででも触られるのは不快以外の何ものでもない。
それでも、どうでもいいという素振りを装うのには、もう遅すぎた。
「1人きりより、2人きりのほうがいい、でしたっけ。綱吉くんは僕にもよくそんなことを言いますよ」
僕の、見開いた瞳の奥を覗き込むようにして、変態はクフフと笑った。
「僕には、犬がいて千種がいて、かわいいクロームもいますし。1人きりではありませんけどね」
言外に、それでもきみは1人なのだろうと、言われた気がした。
そんなこと、この変態には関係がない。
それに1人きりだから、沢田綱吉を望むのとはわけが違う。
僕が彼を望むのだとしても、それはそんな理由からではない。この変態にもそれはわかっているのだろうし、どのみち
それをあえて説明する気にはならなかったが。
再び目を閉じて顔を背ける。素っ気無く返した。
「・・・・いらない。今、彼はここにはいないよ」
「知っています。ただ僕の幻術なら、彼の姿だけをこの場に呼ぶことはできる。そういう意味ですよ、雲雀恭弥」
「いらない。本物でないものに意味なんてないね。君も、そうだろ」
即答する。
実体をつかませない幻影、嘘に潜む真実、真実に潜む嘘。
そんなものを身上にしていたところで、結局この男も、本物でない沢田綱吉なんていらないのに違いないのだ。
沢田綱吉に限り、本物でなければ意味がないはずだった。
そんな気持ちは僕と全く変わらないくせに、試すようなことを言うから、またそれがたまらなく癪に障る。
「・・・・全く、君は本当に気に入らない男だ。不愉快で仕方がない」
骸は笑ったようだった。それは苦笑か、失笑か、あるいは自嘲か。
目を閉じた目蓋の向こうでのことだ。僕はもう目を開く気はない。
気に入らないのも不愉快なのもお互い様だ。
いつか殺すと、沢田綱吉には極秘の殺害標的リストに入れているのも。
「気が合うね。僕もだよ」
君はいつか、咬み殺す。
そうお決まりのセリフを口にしようとして、僕は唐突に口を噤んだ。
足音が、パタパタと軽い、幾つになっても子供のような沢田綱吉のそれが、部屋の外から聞こえてきたからだ。
僕はこの男がこの部屋にいる以上、もう開かないと決めていた瞳を全開まで見開いた。
「さて、足音がしますね。沢田綱吉のものです。これが本物か、僕の幻術によるものか、君に見分けられますか」
骸の声が朗々と響く。
その声さえ、幻覚作用を持つ甘い毒に思えて、僕はひどい危機感にぶるりと一度だけ、体を震わせた。
廊下からの駆けるようだった足音が止まる。部屋の前だ。
しぱーん、と綱吉のいつものそそっかしさで、ふすまは大きな音を立てて開かれる。
声が。
「ヒバリさん!!」
「・・・・」
僕は近づいてくる沢田綱吉の顔を凝視した。
わずかに身を起こした僕に、たたたと沢田綱吉が近づいてくる。
「大丈夫なんですか?!」
沢田綱吉は畳にぺたんと座り込んで、布団から上体を起こそうとして失敗した無様な僕を見下ろした。
支えようとでも言うのか慌てた様子で手を差し伸べてくる。
武器は今、僕の手にはない。僕に触るなと、叫ぶ声さえ出て行かない。
差し出された手を渾身の力で振り払うと、間近に沢田綱吉の大きな瞳が揺れた。
「ヒバリさん?!」
僕の名を呼ぶのは君の声だ。間違いない、沢田綱吉の声だ。
本物かもしれない。それでも幻覚である可能性もある。
変態の作り出した幻覚とじゃれるなんて冗談でも笑えない。
見極めようと思うのに、神経はうまく冴えていかない。熱で視界が歪む。
目の前にいる君は、大きな瞳をはしはしと瞬かせると、さらに僕に顔を近づけて、覗き込むようにしてきた。
振り払われたからだろう、もう手を伸ばしては来ない
よく見ると、振り払われた手をもう片方の手でさすっている。よほど痛かったのだろう。
「大丈夫ですか?!オレです、沢田綱吉です」
君の声だ。
確かに君の声だ。
けれどあの変態の幻覚は、君の声を再現するくらい造作もないのだろう。
僕に違和感を感じさせない、君の姿、君の声、君の仕草。
そんなものを完璧に再現できるくらいには、あの変態は君の事を、よく観察している。
誰も彼も、君が好きだ。
それでも。君の顔を見て、君の声を聞いていると、やはり当然のように君は君で、君にしか見えなかった。
僕は君の瞳を見つめたまま、君の名を呼んだ。
「沢田綱吉」
僕のかすれた声に驚いたように、沢田綱吉はきょとん、と目を見開いた。
すぐにその視線は気遣うものに色を変える。
手が伸ばされる。君の指先が僕の喉に触れる。僕は振り払わなかった。
冷たい指先で癒すように喉元を撫でられて、僕は痛みが少しだけ和らぐような気がした。
「綱吉」
もう一度、さっきよりは少しましになった声音で、僕は君の名を呼んだ。
君は静かな声で応じてきた。
「なんですか?」
「君は今、仕事でイタリアにいるはずじゃないの」
「仕事は今日の朝終わらせて、さっき帰ってきたんです」
「本当に?」
たしかそれでも、帰還は早くても3日は後だと言う話だったはずだ。
今度は僕が沢田綱吉の瞳を覗き込んだ。
彼は眉を寄せる。いまだ幼いその顔には似合わない仕草だ。
「本当です。それよりヒバリさん、薬飲みました?何かちゃんとお腹に入れて暖かくしてないと駄目です、っていってえ
ぇ!!」
ぎゅむ。
沢田綱吉が、その言葉を言い終える前に、僕は君の頬に手を伸ばした。
頬をつまみあげる。むにーんと引っ張って伸ばしてみると、意外なほどよく伸びる頬だった。
当然、沢田綱吉の口からは悲鳴が上がった。相変わらずの間抜け面だ。
それをわずか観察して、僕が手を離すと、痛みに涙目の沢田綱吉は、赤く指の跡が残るほど引っ張られた頬をさすり
ながらも、非難がましい視線を投げてくる。
僕は気にせず呟いた。
「消えないね」
「なにするんですか?!消えないってどういう、」
「あの変態の幻覚かと思った」
そうでないと判断できれば後はどうでもよく、僕は淡々と告げた。
声はところどころ掠れたが、もうそれほど喉は痛みを訴えなかった。
「はあ?!変態?骸ですか?!つか、普通、そういうときは自分の頬をつねりませんかヒバリさん」
「僕に普通を求めるの」
言いながら、忌々しくさっきまで変態の立っていた場所に視線を投げる。
そこにはもう誰もいない。舌打ちする。
「いえ失言でした滅相もないです忘れてください」
舌打ちと視線を自分に向けられたものと勘違いしたのか、震え上がった沢田綱吉が取り繕うように前言を撤回してき
た。
「さっきまでそこに変態がいたんだよ」
そう言うと、沢田綱吉は驚いたようだ。
「え、骸なら昨日オレのところにきて・・・・、ヒバリさん声がひどいですよ。オレ何か飲み物持ってきますね」
少し考えるようにしてからそう言うなり、またすぐに来ますからと、君は踵を返す。
言いかけられた言葉から察するに、この部屋を出たあと、ついでにあの変態を探してみる気でもいるのだろう。少しだ
け面白くない。
「待ちなよ」
僕はもう1つ試すような気分で、沢田綱吉の胸倉を掴んで引き寄せた。
その頬に素早く1つキスを送る。
知らないことは、幻覚として見せることはできないはずだった。
キスした後の沢田綱吉の反応。多分それは僕しか知らないはずだ。
「ヒ、ヒヒヒバリさん!!」
ずささ、と距離をとってあとずさった沢田綱吉の頬は赤い。僕の唇の触れた頬を押さえて、うろたえているような。いつ
までたっても変わらない、彼のものだ。
「うん。ちゃんと、本物だね」
「て、あんた、それはさっきのでわかったんじゃなかったのか!!」
赤い顔のまま叫ぶ。ツッコミも本物だ。
その反応に僕は最終的に満足した。
この後少しくらいなら、あの変態にかまける時間も、大目に見てやれるくらいには。
「ねえ、僕、喉痛いんだけど。さっさと何か持ってきてよ」
「っ、わっかりましたよ!!」
マイペースに告げる僕に、君はやけっぱちのように叫んで、しぱん、とさっきより穏やかにふすまが閉められた。
ぱたぱたと足音は遠ざかったが、すぐに戻ってくるだろう。
僕は目を閉じた。
僕はいつだって1人なんだから、こんなときに君がいなくても、本当にそんなことはどうだってよかった。
それでも、いたらいたでそれも悪くない。
一人ぼっちよりは、2人ぼっちがいいと、君は言う。
そうだねと、僕はわかりやすい同意の言葉なんか吐いたりはしないけど。
いるのが君なら、悪いことなんて少しもないよ。





「あ、哲さん、骸見ませんでした?ここにきたらしいんですけど」
部屋を出たところで、ばったりと出くわした草壁に、綱吉はついでのように問いかけた。
「六道骸ですか?さあ。見かけていませんが」
「そうですか。あいつ、ヒバリさんとこまで何しに来たんだろう」
うーん、と首を傾げて、またすぐ来ますからと草壁に言いおいてから、小走りにキッチンに向かいながら。
昨日突然イタリアの綱吉の執務室に現れたその姿を思い出す。
アヒルくんが熱出してぶっ倒れて、瀕死でいい様なんですよ。死に目にくらい会って来たらどうです、とか何とか縁起
でもないこと言いにきた挙句、仕事をまるまる一つ潰してくれた。武力行使でだ。
3日も早く帰れたのは、そのおかげだ。
なんなの、アイツって。ヒバリさんが嫌いだとかなんだとか言いながら、実は無類の仲良しさんか。そういえば、いつ
でもキスのできる距離でいがみあって睨みあってるような。
綱吉は首を傾げる。
仲がいいのに越したことはないから、いいことなんだろうけど、なんか違うような。
2人がいがみ合うのは常に綱吉がらみだと、全く気づいていない上に予想さえついていない綱吉である。
うむむ、と二十歳を過ぎても幼く見える顔で眉を寄せてみたりしつつ。
キッチンに向かう足を止める。
骸は多分、この屋敷内にいる。キッチンに向かうことは想定されているかも知れない。だからそこにはいないだろう。
この状況で、一番向かう可能性の少ない場所。
自分の執務室が脳裏に浮かんだ。多分、いるとしたら、骸はそこかもしれない。
他の幹部の部屋にいるとは考えにくいし、ほとんど使われないのに用意だけされている自分の部屋におとなしく収ま
っているとも、骸に限っては考えにくい。
綱吉は少し考えて、それからくるりと方向転換した。





「骸、見ーっけ」
なぜか和装の六道骸を、綱吉が発見したのは、それから2分後、予想通りに綱吉の執務室でのことだった。
骸はわずかに目を見開いて、それから柔らかく笑って見せた。
「メリークリスマス。綱吉くん」
「お前さ、もしかしてヒバリさんとこに見舞いに行ってたのか?オレにはヒバリさんが熱出してぶっ倒れて、瀕死でい
い様だから死に目にくらい会って来いとか何とか縁起でもないこと言いにきたくせに」
執務室に備え付けられたソファーに座る骸に、綱吉は近づいていく。
「はっ。何故僕があんな死んで欲しい人間NO.1のところに見舞いにいかなくてはならないんですか。むしろ呪いま
す」
骸が、つーん、と顔をそむけて言う様は、子供そのものより性質が悪いには違いなかったが。
可愛いとか、時々思ってしまうのは、やはりそれが子供らしいからだろうと綱吉は思う。
「呪いまで?!つか、お前、マジでヒバリさん呪いに行ったのかよ?!」
「まさか。呪うくらいなら止めを刺します。ヤボ用ですよ。皮肉の一つも言わずに君をあげるなんて僕のプライドが許し
ません」
「どんなプライドだよ?!」
はあ?と綱吉は顔を顰めた。しかもオレをあげるってなに。
骸の言うことは時々理解できない。だがその反面、隠したつもりであろう感情は、理解しやすいと思うこともある。
多分彼は、言う言葉ほどに雲雀のことを嫌っているわけではないだろうと、綱吉は思っていた。
2人に間のなにが障害なのかは、無自覚な綱吉にはさっぱりだったが、雲雀にしても、やはり言葉ほどに骸を嫌って
いるわけではないだろうと綱吉は理解している。
「君には一生理解できませんよ。ええさせませんとも」
完全に拗ねきった子供のように骸が続ける。
「そりゃ骸の言う言葉が理解できるようになったら、もう地球に住処はないかもって思うけどさ」
「おや、それはどういう意味ですか?」
「そのまんまの意味だけど」
ほう、と骸は溜息をついたようだ。
「君だけならともかく、雲雀恭弥に、ただでクリスマスプレゼントをやるのは癪なんです。でも君にあげたいと思うと、必
然的に雲雀恭弥にもくれてやることになってしまう。この矛盾が如何ともしがたい僕の苦悩ですね」
声は独り言のようであるのに、幼い子供に言い聞かせるかに優しい。
骸の眼差しは、寂しがっている子供の瞳だった。
綱吉はそんなアンバランスさにわずかに眉を寄せる。子供にするように手招きする。
「ばっかだな。骸、お前ちょっとこっち来いよ」
骸はその手をちらりと見やっただけだ。口元がわずかに弧を描くように笑みの形に歪んでいる。
綱吉は小さく溜息をついて骸の手を取ると、ぐい、と引き寄せた。
奇妙な髪型の頭を抱きこむようにして、ぐしゃぐしゃとその髪を撫で回す。
いい子いい子と頭を撫でる、母親の仕草に、それは似ていた。
そんな綱吉は、骸にとって未知の存在だ。よく分からないことを当たり前のようにする。
骸にとってよくわからないものを、当然のように与えてくれようとする。
理解できないのに、彼は暖かい。だから、苦しい。
「ちょっと、なにするんですか?!」
「骸にも、メリークリスマス」
「いりませんよ!!僕はなにも、」
「ヒバリさんにホットレモネードいれるからさ、お前にもいれてやるよ。急だから用意できるの、そんなんで悪いけどここ
で待ってて」
言うなりさっと骸から離れて、綱吉は部屋の出口に急ぎ足で向かっている。
骸の髪はぼさぼさに乱されたままだ。
それを整えるのも忘れて、骸は苦しげに目を伏せた。優しく聞こえる声で告げてやる。
「雲雀恭弥が君を待っています。僕のことはいいからさっさと行きなさい」
「ヒバリさんにはもう少し待ってもらって、骸のところに届けたらちゃんと行くよ。だから待ってて」
「綱吉くんはお人よしですねえ」
振り返って綱吉は笑った。幾つになっても子供のような笑顔だった。
「ヒバリさんも、骸も、絶対に1人ぼっちよりは、2人ぼっちのほうがいいよ」
その言葉は本来反論を許さないものだろう。
黙るべきだ。もしくは、そうですか、とただ答えるべきだ。
そう思いながらも、骸は低く問いかけた。
「君が、犠牲になるつもりですか」
声はわずかに掠れさえした。
綱吉はドアを開けようとする手を一瞬だけ止めて、静かな表情で躊躇いもせず、笑みを残した口元を開く。
「犠牲だなんて、オレは思ってない。オレは骸のことも好きだよ」
ドアが開かれ、もう一度、待ってて、との囁きとともに、ドアは閉ざされる。
ぱたぱたと、子供のような綱吉の足音は遠ざかっていった。
完全にその音が消え去る。残るのは静寂だ。
骸のことも好きだと綱吉は言った。雲雀恭弥に向ける好きとは、意味も色合いも違うそれを投げつけるだけ投げつけ
て、彼は部屋を出て行ってしまった。
「・・・・そんな君の態度が、僕を消費していくんですよ」
呟いた、それでも、そんな君の理想が、優しさが、僕の力になるのだと、疑いもなく骸には信じられる。
だが、それでも君は雲雀恭弥のもので、その前提がある以上、僕が君を犠牲にするのと同時に、君は僕を消費して
いくのだろう。
それがどれほど残酷なことであるのか、君は考えない。
思いつきもしない。
だから君は誰か1人のものであってはいけなかった。
そこまで考えて、苦笑が浮かんだ。
身勝手な理論だ。
1人ぼっちより、2人ぼっちがいいといってくれる彼が、1人ぼっちであることを望む。
それはひどく滑稽で、やはり寂しく切ないことにしか思えない。
それならば、それよりは。
君が1人ぼっちであるよりも、君が笑っているほうが、骸には幸せなことに思えた。
君が笑っていればいい、君が幸せならばいい。そのきみは僕を笑わせようとして、僕にも幸せでいろという。
1人ぼっちより2人ぼっちのほうがいい。
君がそういうのならそうなんだろう。
そうだと、納得しておくことにした。
廊下を控えめに走る足音がする。綱吉が帰ってきたのだろう。
足音が控えめなのは、液体を手にしているからだろうが。
シャンパンではなくレモネード。それも彼らしい。
髪を整えて、口元にはいつもの笑みを。綱吉がこのドアをあけるまでの時間で、骸は慌てて取り繕った。




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