雲雀はいつも唐突だ。なにを言い出すのも突然。なにを求めるのも突然。
それでいてそれは命令なのだ。当然、反論の余地はない。


クローズユアアイズ





「ねえ。僕ら友達なんだろう?」

放課後の応接室にて、向かい合うようにして紅茶を飲みながら、居心地の悪い空間を噛み締める綱吉に、雲雀はさ
して意図があるというふうでもなく問いかけた。

確認するように聞かれたって、綱吉的には困るだけだが、この風紀委員長様のお怒りに触れるのももっと困るので、
こくこくと、人形じみた動作で綱吉は首を上下させた。
一応そういうことにはなっている。この委員長が決めたのだから、今更確認をとるまでもないだろうに。

「そ、そうですね?」

言葉だけはなんとも正直だ。上がり気味の語尾についたクエスチョンマークが隠しきれないそこはかとない疑問を自
己主張している。

それに気づいた雲雀はわずかに眉を寄せたようだったが。

「なんで疑問系なのさ。まあいいけど。ところで明日とか君、どうなの?」

明日、という単語に綱吉は首をかしげた。
明日は土曜日で学校は休みだ。学校に来なくていいのなら、当然放課後もないから応接室にだって来る必要もな
い。パラダイスだ、っていうか久しぶりの平穏だ、と瞬時にして思った綱吉はそれを悟らせないように引きつった笑顔
を浮かべながら問いかけた。

「なにがですか?」

多分に、嫌な予感がする。そんな綱吉のささやかな平穏でさえ、失われるかのような。

そんな予感に冷や汗をたらりとさせながら、それでも一縷の希望を持った問いかけは、やはり雲雀によってその希望
を打ち砕かれた。

「明日。暇ならどこかに行かない?」

理不尽な誘いきたー!!

内心で鋭くツッコミながら、口に出してはいけないお約束ぐらいは把握している綱吉である。
誰だって命くらいは惜しい。雲雀相手にならそれは全く冗談にもならない。

どうせ断れないのだと、綱吉はさめざめとしながらも全てを諦め、仕方なく現実的なところを聞き返す。

「どこかってどこにですか?」

「そうだね。君の家は騒がしそうだ。学校の屋上とかどうだい?」

「学校ですか?!それ、どこかいくって言わないんじゃ」

せっかくの休日に学校に登校ってどうだろう。

山本が聞いたら、ヒバリって本当に学校好きなのな、と笑ってコメントしそうな場面ではあるが。
それほどには図太くもない綱吉は、控えめに問いかけてみた。

「うん。どうせ僕は仕事があるから、休みでも一度は登校するしね」

「そ、そうですか・・・・」

風紀委員の仕事内容なんか聞きたくない綱吉は、耳でも塞ぎたいような心境でげんなりと頷いた。

雲雀のデスクワークなら、先日のちょっとした事故で応接室に頻繁に訪れるようになってしまった最近はよく目にする
し、意外に普通ではあるが、粛清なんてものとはできることなら縁なく過ごしたいというのが綱吉の本心だ。
というか、そもそも普通にしていれば、ダメライフを送り続ける綱吉と、この並盛最強の風紀委員長様では、接点など
あろうはずもなく、平穏に過ごせるはずの学生生活のどこでなにを間違ったんだろうと密かにたそがれる。

「ああ、ついでに宿題も持っておいで。赤ん坊とも約束したしね。見てあげる」

本当についでというように付け加えられた言葉に、飛び上がったのは綱吉だ。

「いやいやいやいや!!滅相もない!!」

慌てて手を顔の前でふってみせて拒否した。
決して優秀ではない、というか極めてダメ気味な綱吉が、勉強で雲雀を苛立たせずにすむわけがない、という自覚の
下にだ。

もっとも雲雀なら、綱吉が優秀でないことくらいはとっくに知っているだろうが、それでも実際に目の当たりにするの
と、噂でただ聞くだけとは違うだろう。
苛立たせて殴られるのもイヤだし、例えそういう事態にならなかったとしても、ダメっぷりを余すところなく披露して、わ
ざわざ恥を曝したいとも思わない綱吉は必死の思いで首を横に振り続けていたが。

雲雀の対応は落ち着いたものだった。

「何言ってるの。僕は約束は破らない主義なんだ」





そんなこんなで休日になにが悲しくてか学校の応接室で、勉強をする羽目に陥る綱吉である。
応接室のソファーで向かいに座った雲雀に監視されつつ、嫌な汗ダラダラで教科書とノートを開く。

「国語で9点、ってちょっとすごいね、沢田綱吉」

教科書に挟まっていたテストの答案を見て、雲雀が一言呟いた。
綱吉はシャープペンシルを握ってノートに向かったまま、顔を引きつらせる。

ああああ!!この前のテスト挟んだまま忘れてた!!オレのバカー!!

内心絶叫してこそみるが、一応は折りたたまれていたその答案を広げてしげしげと眺める雲雀から、それを取り上げ
る根性など綱吉にはない。

「これ、復習しておこうか」

見事にバツだらけのその答案の一点を指差して、雲雀は言ってきた。
反義語、と書かれた設問だ。
それに綱吉が嫌々視線をやったのを確認して、ふと思い出したように雲雀が言う。

「昔、僕に聞いたヤツがいたんだ。ねえ、沢田綱吉、愛の反対語はなんだと想像する?」

設問にはない問いかけだ。
悪戯をする子供のような楽しげな光が雲雀の黒い瞳に煌くのを、綱吉は困ったように見つめて、首を傾げた。

「はい?!愛の反対、ですか?!」

雲雀に限って普通に答えを求めているとは考えにくい。さてどうしたものかと綱吉が考えているところで、返事を待つ
つもりはなかったらしい雲雀は言ってきた。

「愛の反対は無関心だって、故マザーテレサは言ったらしいよ。まあどうでもいいけどね」

「確かに、単純に憎しみかって言われるとそうではないような気がするけど。愛も憎しみもどっちも強い感情だから、そ
ういうのは引っくり返りやすい。反対って言うには、似すぎていて近しい感情だと思うから」

静かな声が続ける。
一歩間違うのか、一歩進むのか、一歩戻るのかする、その程度の違いだよ、と。
進化形でもあり、退化形でもある。紙一重で表裏一体のものだ、と。

言われた言葉の意味を半分も咀嚼できないまま、何とか飲み下すように、綱吉はこくんと唾液を飲み込んだ。
それで何かが理解できるわけでもなかったが、ひどく落ち着かなかったからだ。

「そ、それで、ヒバリさんは、その時なんて答えたんですか?」

「咬み殺す」

「・・・・」

それって愛の反対とかとは全然別の話だと思うんですけど!!

それでも、雲雀の言う咬み殺す、と、偉人の残した模範解答である無関心、そして国語的な模範解答であるだろう憎
しみとでは、どれも意味合いは違うのだろう。
近いようで遠く、遠いようで近い。

綱吉の沈黙をどう取ったのか、雲雀はつまらなさそうな無表情で告げてきた。

「言ったろう?そこまでの強い感情は僕にはひどく面倒くさい。抱え込みたくないし、考えるのも面倒だ。鬱陶しいから
忘れるに限る」

そのために切り捨てる、だから咬み殺すなのだろうか。
強い感情を一つも持たずに、人は果たして生きていけるものだろうか。
強い相手にだけ執着する子供のようなこの人は、だから限りなく強くあれるのかもしれない。
それは最強であることを代償に、ひどく寂しいことなのではないだろうか。

様々な考えがいくつも、浮かんでは消えるようにして、足りないと自覚している頭を掠めていく。
それらの片端さえ捕まえられずに、綱吉は、わけもなく切ないと、そんなことを思った。

そんな綱吉の考えをなぞるように、雲雀の声が続く。

「人間淡い感情だけで生きていけるわけはないでしょ。僕は面倒くさくなると自分から全てを切り離して考えるだけ
さ。いい癖とは言いがたいんだろうけど、癖だから仕方がないしね」

呟くように言われるそれは、綱吉に聞かせるというよりは、雲雀が雲雀自身に言い聞かせているようにも思えて、綱
吉は黙って雲雀を見つめていた。

雲雀も綱吉にゆっくりと視線をあわせてくる。
静かに視線が重なった。
それと同時に、雲雀の端正な顔が近づいてくる。
それに驚く時間さえなく。

「ねえ、キスしてもいい?」

断られたときには、既に唇が触れている。触れて離れた、それだけのことだ。
それだけのことだが。

綱吉はあまりのことに目を見開く。

再び寄せられたそれに綱吉は慌てて抵抗した。

「ちょっ、ヒバリさんっ!!ちょ、ちょっと待って・・・・!!なんかそれ変です!!ってか、オレの都合も考えてください
よ!!」

何が悲しくて、男の先輩とキスなんかしてなきゃならないのか。
綱吉は、なんていうか、もう半べそ状態だ。

普段なら竦み上がってとてもそんなことはできないが、腕を突っぱねるようにして雲雀の肩を押し、反対側のソファー
に押し戻す。

「君の都合?ちゃんといいかどうか聞いたじゃない」

対する雲雀はおとなしく押し戻されながらも、悪びれず、平然としていたが。
雲雀の答えに、返事を待たなかったじゃないですか、と綱吉は声を上げた。

「友達って、奴隷とか下僕じゃないんですから、対等なのが普通ですよ。嫌がらせでもそんなこと、」

「嫌がらせ?僕が君を同列に扱えって?」

雲雀が形のいい眉を寄せる。
不機嫌そうに見える顔に綱吉の肝はすくみ上がるが、それならそれで、トンファーが出てくる前にせめて言いたいこと
くらいは言おうと、さらに口を開いた。

「いやいやいや!その、恐れ多いんですけど!でもヒバリさん、オレと友達になるって言ったでしょう?」

「言ったね」

「試してみるって」

「うん」

不機嫌な表情のまま、妙に素直に頷く雲雀に、綱吉は、それなら、と続ける。

「友達ってそういうことです」

「一緒に群れても咬み殺したりしないこと、だけじゃないの?」

雲雀は本当に分からないようで、首をかしげている。顔は変わらず不機嫌そうなそれだ。
それでもいつもの武器を出してこないあたり、雲雀なりに、友達としてかなりの譲歩をしてくれているのかもしれなか
ったが。

「オレは山本や極寺くんに会うまで友達ってずっといなかったけど、友達って相手の気持ちを尊重することが大切だと
思うんです。それを無視して力関係つけたらそれは下僕と同じです」

雲雀は腕を組んで、少し考えるようにしていってくる。

「・・・・つまりはさ、君の意見も聞けってこと?」

「はい。友達ならそうするものだと思います」

「ふうん」

綱吉の言葉を吟味するように、雲雀は相槌を打ちながら、視線をゆっくりと宙に彷徨わせた。





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