その日のヒバリはとにかくおかんむりだった。
BLACK CAT LIFE
「ちょ、ヒバリさん!!なに怒ってるんですか!!」
部屋に放置してあったクッションを盾に、ヒバリの攻撃をしのぐ綱吉ではあるが、それも長くもちそうにはない。
というか打撃の威力を僅かに、ほんの気休め程度に殺しているに過ぎない。
「わかんないわけ?!そんなことも?!君、思った以上に馬鹿だね」
「ええ?!猫に馬鹿いわれた!!」
ガーン!とショックを受ける綱吉に、ついにクッションのバリケードを撤去したヒバリの猫キックが炸裂する。
「猫じゃないって言っただろ!!」
げしっ。
「ああああ!!そうでした!!そうでしたね!!あーもー、なんでそんなに機嫌悪いんですかー!!」
叩かれたところを抑えて痛みに耐え、涙ながらに絶叫する綱吉である。
そんな綱吉にヒバリはずずいっと詰め寄った。
「君本当に馬鹿だろ。今日の小テストの点、なにあれ?あれなんなの綱吉」
「え、なにって7点ですけど」
それを大して問題だとも思っていない、というか日常過ぎてそのあたりの感覚は完全に麻痺している綱吉はきょとん
と目を見開いた。
どうせヒバリにはそんなもの関係ないだろうし、というのも綱吉の言い分ではあるのだが。
ヒバリにとってそれは関係のない話ではなかったらしい。
「そうだろ?!それだよ!!信じられない点を取るよね。僕は一瞬目を疑ったよ!!」
「て、一体いつの間に見たんですか?!ていうかあんたはオレのおふくろさんですか?!」
さらにもう一つ蹴りを見舞ってから言うヒバリに、綱吉は情けなく悲鳴を上げながらもツッコミは忘れない。
ヒバリの怒声がもう一度響いた。
「そんなことはどうでもいいんだよ!!とにかく、仮にも僕の宿主がそんなことじゃ、僕が恥ずかしいんだよ!!そうい
うわけで今日から、知り合いに家庭教師を頼んどいたから。そろそろ来るんじゃない?」
ヒバリはそう言い切ると、とりあえず言いたいことはなくなったようで、ふん、と鼻を鳴らしてから綱吉を横切るとキッチ
ンに紅茶を飲みに行ったようだ。
ちなみにヒバリの飲料は綱吉が帰宅後、まず紅茶を入れるきまりである。
ヒバリと関わるまでは紅茶の銘柄はもちろん、煎れ方などティーパックくらいしか知らなかった綱吉ではあるが、ヒバ
リの与えるスパルタ教育と命の危険によって、格段に上達してきている次第であった。
それを入れ終わったあたりで、ヒバリに蹴りを入れられたのがことの始まりだったのだが。
やや冷めた紅茶を舌先で舐めるように飲みながら、ヒバリはおとなしく黙ったままの綱吉をいぶかしむように視線を向
ける。
綱吉は沈黙していた。
ヒバリさん、なんかセリフの後半ですごく重要なことを言わなかったか・・・・?
「ええ!!そんなのヒバリさんに関係ないじゃないですか!!それにもう頼んだって言われても!!オレ、そんなもの
雇う金ないですって!!」
きっかり1分ほどは経過してからの叫び声に、ヒバリは呆れた視線を送る。
「君、いくらなんでも反応鈍すぎだろう・・・・」
本気で哀れみをこめた視線である。
「あんまりびっくりなことヒバリさんが言うから!!」
それにしたって鈍いよ、と呟いた後ヒバリはどうでもよさそうに付け足した。
「金はいいんだよ。僕が頼んだんだし、僕が取引はした」
「と、取引、って・・・・?」
思わず顔が引きつるのを感じる綱吉ではあるが。
面白そうに、単純に綱吉の反応にのみ興味を引かれた様子でキッチンのテーブルから降りてきたヒバリは、きらりと
瞳を煌かせて聞いてきた。
「聞きたい?」
「いーえ!!遠慮します!!」
全力で拒否する。
どうせ碌なことではないのだろう。なぜかこの街最強の猫が妙な収入源と裏社会の繋がりらしきものを持っていること
は薄々感ずいてきていた綱吉である。
物騒な話は聞かないですむものなら、知らないままに過ごしたい。そしてできたら関わらずに学校を卒業したい。
あくまで堅気で平々凡々な市民でしかない綱吉の何よりの願いである。
ヒバリの答えは、やはりどうでもよさそうなものだった。
「そう?まあ、とにかくもう少し成績何とかしなよ」
余計なお世話です、ともいえない綱吉だが、それをすることでヒバリになにかメリットがあるとも考えにくい。
本人の言うように単純に、自分にかかわりがある人間が成績最低ラインなのは困るというプライドの問題だけなのか
もしれなかった。
「しかももう来るって・・・・どんな人なんですか?もしかして猫だったりしないよな・・・・」
「それなら僕が教えればすむ話だろ。ちゃんと人間だよ」
思わず呻くように呟けば、今度は猫というのを否定せずに・・・・単純に面倒くさくなっただけの話ではあろうが・・・・ヒ
バリは答えてきた。
考えてみたらヒバリのように人語を話す猫というのも他にいるはずもないかと綱吉も思いなおす。
「じ、じゃあもう一つ質問があるんですが、そっちの世界の人だったりしませんよね・・・・?」
色々な意味で最後の望みを託した綱吉の質問に、にやりと。
ヒバリは邪笑を浮かべた。綱吉が凍りつく。
そんな中。来客を告げるチャイムが実にタイミングよく鳴り響いた。
「チャオっす。、ダメツナってのはお前か?」
綱吉が恐る恐るドアを開けると。
『それ』が、早くも命名された綱吉の学校でのニックネームを呼んで、小さな手を上げて挨拶してきた。子供特有の可
愛らしいとも言える高音の声でだ。
綱吉は半ば呆然として、まじまじと『それ』を見下ろした。
足元のほうに、ちょんっと小さな子供が立っている。黒いスーツを着て山高帽をかぶった、子供というよりはまるっきり
赤ん坊だ。おしゃぶりを首からかけていたりする。
緑色のカメレオンが赤ん坊の肩の上で長い舌を出すのが見えた。
「ど、どなたー?!」
他に問いようもなく呻くように呟く綱吉に、くるんとカールしたもみ上げを持つ赤ん坊は、つぶらな瞳を綱吉に向けて言
ってきた。
「ヒバリから聞いてねえか?今日からお前の家庭教師をやるリボーンだ」
聞いている。家庭教師。
裏世界に関係がありそうな人間というだけで、まともな人間は想像していなかったが。
これなら猫のほうがまだましかも、と思いながら遠い目をする綱吉である。
つかなによりしゃべる赤ん坊。ありえねー!!いや、しゃべる猫はもっとありえないけど!!と内心絶叫するが、ヒバ
リと出会ったあたりからそんな事態ばっかりだ。
常識人の綱吉はついていけない上に、一向に慣らされはしない。
というより綱吉としては、自分の常識的かつ小市民な感覚こそが最後の砦であり、この目の前に横たわる非日常に
慣れてしまったら、人としておしまいだと本気で思っているのだが。
「あ、赤ちゃんー?!」
ゴーン、と衝撃を受けわずかに後ずさる綱吉に、口の端を上げて笑みのようなものを作った赤ん坊は帽子のツバを親
指で持ち上げる仕草をしながら自慢げに告げた。
「イタリアじゃ、飛び級してもう大学を出ているがな。博士号もいくつか持ってるんだぞ。早熟な天才、ってヤツだ」
綱吉沈黙。
いつの間にか後ろに来ていたヒバリがしっぽをぴんと立てて挨拶をしている。
「やあ赤ん坊。来たのかい」
「チャオっす、ヒバリ。約束だからな」
目に前でそんな会話がやり取りされるのを聞くともなく静観して、1分ほど沈黙した後、このツッコミどころ満載な事態
にまず綱吉がツッコミを入れたのは。
「自分で天才って言った!!」
「・・・・つっこむところそこなんだ」
肩に飛び乗ってきたヒバリが綱吉にツッコミを入れた。しっぽで。
「今日はねっちょり勉強するぞ」
部屋に通してとりあえずお茶を出したあたりで、リボーンが宣言した。
「・・・・ねっちょり嫌だな」
その独特の表現方法にぼそりとツッコミを入れる綱吉である。
「オレが家庭教師をするからには、4点なんて点数取ったらぶっ殺すからな」
件の点数についてはヒバリから聞いているのだろう、そういうリボーンに綱吉は訂正を加える。
「7点だよ!!」
同じ一ケタ台には違いないが、3点の差は点数の低い綱吉には多大なるものだ。
ただでさえ少ない点数をこれ以上減らされてはたまらないと必死の抗議だったのだが。
「同じことだボケ。低いことには変わりねえだろうが」
一々口答えするんじゃねえ、とチャッという音とともに突きつけられたのは、赤ん坊に似つかわしくない、というか、一
応は安全大国日本では見ることすらあってはいけないような、黒光りする凶器だ。
よく、テレビのドラマなんかでお馴染みのブツである。
重厚な鈍い光を放つそれは、とてもモデルガンの類には見えない。
「・・・・ね、ねえリボーンさん、それ、本物じゃないよね・・・・?!」
おもちゃ!おもちゃであってくれ!!という綱吉の願いも空しく、リボーンは楽しげに告げてきた。
「もちろん本物だぞ。試してみるか?」
「いえいえいえっ!!わかりました!!勉強始めましょう!!」
「わかりゃあいい」
真面目にやらなかったらブッ殺すからな、と言い添えるリボーンに、綱吉は気づかれないように深々と溜息をついたの
だった。
そうだった。ヒバリさんの知り合いに限って、まともな人のはずなんかなかったんだ。
ちなみにヒバリはベットで丸くなり、昼寝の体勢に入っているようだったが。
リボーンのあまりのスパルタぶりに、何度か命の危機っぽいものを経験しながらも、泣く泣く勉強をする綱吉に、最初
に出したお茶を飲みきったらしいリボーンが催促した。
「おい。エスプレッソ」
「・・・・そんなのあるわけないだろ?!」
分からない問題と向き合うことで苛苛しているところに声をかけられて、綱吉はやや苛立ちを滲ませた声で言う。
すると、リボーンが問題用紙を綱吉の前からすっと引いて遠ざけた。
「休憩にするぞ。買って来い」
「休憩って、お前の都合かよ!!」
さっきまでは、この問題が終わるまで休めると思うなよ、とか言ってたくせに!!と思わず怒鳴る綱吉である。
そこに昼寝を終えたらしいヒバリからも催促がふってくる。
「行っておいで綱吉。僕のプリンもよろしく」
「・・・・」
結局、ヒバリさんが2人に増えただけだー!!
猫と赤ん坊のパシリに使われていることにそこはかとない不満を抱きつつも、それを口に出して言えるわけでもなく。
綱吉は力なく、小さく頷いて玄関に向かう。
確かに勉強を始めて1時間、疲れてきたところではあるし、気分転換ができるというメリットはある。
できたらこのまま逃げ出したいところではあるが、それをしたら後が怖い。
玄関で靴紐を結んでいると、見送りというわけでもないだろうがリボーンが玄関まで歩いてきた。
くいっ、と親指で肩越しにヒバリを指差す。
ちなみにヒバリは猫らしくない仕草での大きなあくびの最中で、こちらに気づいた様子はない。
リボーンは小声で囁くようにした。
「オメーにはちゃんとあいつ、人語で話すんだな」
「え、ヒバリさん、リボーンにもちゃんと話してたじゃないか」
きょとんと目を見開いて、綱吉はリボーンを見つめる。
「オレだけだったんだ、今までは」
「え?」
さらに大きく目を見開いて綱吉は沈黙した。
そういえば、学校でヒバリは普通の猫のように鳴くだけで、言葉で話しかけてくるのは綱吉にのみ聞こえる声でだ。
話をするというのはお世話ノートにも書かれてはいなかったし、誰も言ってはいなかった。
でも、だからといって、オレとリボーンには言葉で話す理由ってなんだ?!と綱吉は首をかしげる。
リボーンは裏世界の人間だ。色々と特殊な人間でもあるようだし、ヒバリが気に入るだけのものもあるのだろう。
何よりこの2人は意外と似たもの同士だ。いい友人でもあるのかもしれない。
だが、何の権力も知力も持っているわけでもない、自他共に認める小市民の綱吉には、特に他人より秀いたものなど
なにひとつないというのに。
というよりは情けないくらいに、他人と比べると劣ったものばかりだ。
ヒバリと友人になれそうな要素のひとつもあるわけではない。
本気で分からないと首をかしげて、考えをめぐらせる綱吉に、リボーンは少しだけ笑むようにした。
「あいつなりにお前のことが気に入っているのかもな」
「ええ?!それって嬉しいようなそうでないような・・・・。ビミョウだなー」
それでもほんの少しは嬉しいような気持ちになって呟く綱吉に。
リボーンは表情を元に戻して、背中に蹴りを入れた。
「ま、あいつは気まぐれだ。いつまでもつかしらねえけどな。おら、さっさと行って来い」
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