その日、ヒバリは黄色い毛玉のような鳥を、頭にちょこんとのせて帰って来た。
示すように、自分の頭ごと鳥を差し出してくるヒバリに綱吉は戸惑う。
なにこれ、可愛いけど、もしかして、ヒバリさんの食料?ヒバリさんこれ食べるの?
調理しろとか言われても無理すぎるが、目の前で生のままバリバリ食べられたりしたら、それはそれで嫌な綱吉であ
る。
だが、ヒバリから言い渡された言葉は完全に予想外のものだった。
「鳥。拾ってきたから。責任持って世話をするように」
「ええ?!ってコレ、ヒバリさん食べるんですか?!」
一応聞いてみる。
猫が鳥をペットにするのもどうだろう、というか、そうじゃなくてやっぱり、単純に育てて食おうとかそういう意図か、と
思い当たったからだが。
「食べるわけないだろ。僕が飼うんだよ」
ヒバリの言葉をゆっくりと脳内に浸透させて、それから綱吉は確認した。
この家におけるルール、というかヒバリと暮らす上でのルールくらい、そろそろ認識してきている。
だから投げかけたのはあくまで、質問ではなく確認だった。
「・・・・でも実際飼うのはオレなんですよね?」
「わかってるじゃない」
ああ、やっぱり。
反論するだけ無駄だと分かっている綱吉は、ただ深い溜息だけを落とした。
小鳥だけが現状を分かっているのかいないのか、一応は天敵なはずの猫の頭の上で、平和にぴよよと鳴き声をあげ
ていたが。
BRACK CAT LIFE
「ヒバリさん、今日これから出かける?」
鳥にパンくずをやりながら、極力何気なさを装って、綱吉はヒバリに問いかけた。
視線はできるだけ合わせずに、黄色い鳥に注いだままの、綱吉のその問いかけに、ヒバリは軽く首をかしげる。
ヒバリの外出は大抵気まぐれで、朝綱吉と一緒に学校に行く以外に、・・・・といっても校舎内では別行動、綱吉が帰
宅する頃に勝手に帰ってくるのが常だが・・・・、時々夕方や深夜に、ふらりと外に出かけることもある。
それでも、昼間は綱吉のベットで昼寝をしていることがほとんどだから、すぐに出かける予定がないことなど聞かなく
ても分かっているだろうに、とヒバリは綱吉を見やった。
ちらちらとこちらを伺うようにする綱吉の視線とかち合って、ヒバリはその質問が別の意図を含むものだと確信する。
確信した上で、きっぱりと告げた。
「・・・・出かけないよ」
「ええ?!」
驚いたようにわずかに身を引く綱吉の顔が引きつっているのを見て、ヒバリは不機嫌そうに目を細めた。
「なんで驚くの。今日、なにかあるのかい?」
「いえ、今日、オレの友達来るんで・・・・」
顔を引きつらせたまま、どうせ黙っていてもばれると正直に白状する綱吉に、ヒバリはやはり不機嫌に応じた。
「ふーん。友達いたんだ、綱吉。僕の前で群れるんだ。その上、僕が邪魔だってこと?」
綱吉はその言葉にさらに顔を引きつらせる。
邪魔には違いないが、そんなことは絶対に口に出せない。やはり綱吉はわが身も可愛いし、命だって惜しいのだ。
その上、今回はもっとまずい要素が加わっている。
ヒバリは他の何よりも、群れるのが嫌いだ。
夜間外出しては殲滅して回るほどには嫌悪している。
綱吉も、それが目に見えない範囲の他人であれば、多少の同情はしつつもそれほどには気にしないが、その対象が
自分と友人となると、もちろん話は違ってくる。
「い、いいえっ、滅相もないっ!!いてもいいんですけど、おとなしくしていてもらえると嬉しいかなー、なんて」
群れている、という理由で自身や友達がフクロにされてはたまらない、と思う綱吉は慌てて言った。
だからこそヒバリには、ぜひとも出かけて欲しかったというのが本音だ。
ヒバリは静かに問いかけてきた。
「それ、取り引き?」
「え?」
一瞬目を見開くようにする綱吉を、ヒバリは真正面から射抜いて言う。
「僕におとなしくしていて欲しいんだろう。なら、僕に何か差し出すものがあるのかって聞いてるんだよ。その見返りに
さ」
すいっと目を細めてみせる、ヒバリの捕食者の瞳に、綱吉は戸惑うようにして問いかけた。
「ええっと・・・・、な、なにが欲しいですか?」
「それを、君が考えろっていってるの」
ヒバリの静かな口調がかえって怖ろしくて、綱吉は視線を泳がせながらも、あううと小さく呻いた。
思いつきで、もうどうとでもなれというように口を開く。
「あ・・・・、えーと、じゃあ、・・・・プリン!プリン1週間分で手を打ちませんかっ?!」
提案してから、お気に召さなかったらどうしよう、と身の危険半分、友人の訪問の危機半分、と言った割合の不安いっ
ぱいの涙目で、綱吉は祈るようにヒバリの返事を待った。
ヒバリはその発言に、虚をつかれたように目を見開く。
まさか綱吉が、そんなものを取り引きの対象として持ち出すとは思わなかったからだ。
それならば何を持ち出すと思っていたのかというと、それはそれでヒバリ自身にさえよく分からないのではあるが。
ヒバリ自身が、なにをも望んでいなかったというのがもっとも正しい答えだったからかもしれない。
ヒバリは少しの沈黙をはさんで、く、と小さく笑い声を上げる。
「・・・・君にしては考えたほうか。まあいいさ。それで手を打ってあげる」
「あ、ありがとうございますっ!!」
君にしては、という言われようが気になったものの、そんなことにツッコミを入れて、せっかく成立したらしい許可を取り
消しにされてはたまらないと、綱吉は慌てて礼を言った。
これではどちらが宿主か本当に分からないと思いもしたが、今現在の沢田家の生態ピラミッドの頂点に君臨している
のは、他ならぬこの猫なのだから、それだけはもう仕方がない。
納得はいかなくてもとりあえず諦めることだけなら、最近慣れっこになりつつある綱吉である。
何とか無事に話がまとまったことにだけ満足することにして、綱吉は紅茶を入れるためにキッチンへ向かった。
帰宅してからいれる決まりになっている、ヒバリ用の紅茶をまだいれていなかったことを思い出したからだ。
だから、ヒバリのその声は、さしてはっきりと聞こえたわけではなかった。
ただ、聞き逃すほどには、綱吉はヒバリから注意を逸らせてはいなかっただけの話だ。
ヒバリのほうでは綱吉に言いかけながらも、特別聞かせるつもりはなかったのだろう。
それでも、小さな声が綱吉の耳に滑り込んでくる。
「でもね綱吉。僕は欲しいものなんて、本当は何もないんだよ」
「ヒバリさん・・・・?」
綱吉がヒバリを振り向いた。答える気はないのかヒバリは綱吉の方を見ないままだ。
来客を知らせるチャイムが静かに鳴り響く。
綱吉がドアに視線をやるのに、ヒバリはしなやかに駆け出して玄関の靴箱の上に飛び乗った。
「ツナー!来たぞ!」
「沢田さん、こんにちわっす!」
ドアを開けた途端、手土産のコンビニ袋を手にした2人が、元気よく競い合いながら狭い玄関に我先にと雪崩れ込ん
できて、綱吉は顔を引きつらせた。
「おわっ、獄寺、ちょ、ま、」
「こら!押すな!野球バカ!!」
狭い玄関に2人同時に入ろうとして、収まりきらず、悲鳴を上げながら綱吉に向かって倒れこんでくる二人に、綱吉は
同じく悲鳴を上げて目をつぶった。
「痛っ!」
なす術もなく倒れこむ。というか状況から思い切り二人のクッションになったに間違いない、と綱吉は目を閉じたまま
判断する。だが、それにしては、おかしい。
衝撃はあった。
ただ2人分の体重を受け止めたにしては、どうにも軽い。というか軽すぎる。痛みの上でもそうだ。
うっすらと綱吉は目を開くと。
黒猫が。呆れたような視線を綱吉に向けながら、綱吉の胸の上に乗っていた。
玄関先では来訪者2人がもつれ合ったまま倒れこみ、獄寺は罵り、山本はそれをなだめる形で起き上がろうともがい
ている。
綱吉自身も倒れているが、2人よりは少し室内に近いところで倒れたことで、直撃を免れたらしい。
何が起きたのかを考えながら、ぱちくり、と綱吉がもう一度瞬きする間に、ヒバリは倒れたままの綱吉の胸から床へ
ひらりと飛び降りると、部屋の奥へいってしまった。
飛び降りる瞬間、耳元に綱吉にだけ聞こえるように小さな呟きを残す。
「あんまり世話焼かせないでよね」
・・・・。
ようするに、と綱吉は考えた。
下駄箱の上に乗っていたヒバリが倒れこむ二人が綱吉を押しつぶす寸前に、体当たりをかけ、それより後方に突き
飛ばしてくれたらしい。
「スミマセン!大丈夫ですか!沢田さん!!」
「あははー、ごめんな、ツナ。平気か?」
起き上がろうとする綱吉の手をがしっと取って、綱吉にバランスを崩させつつも真摯に謝ってくる獄寺と、後ろ頭を片
手でかきながら笑顔で綱吉の肩を支えてくれる山本に、綱吉はとりあえず笑顔で歓迎の挨拶をした。
「山本、獄寺くん、いらっしゃい」
しょっぱなからのこの展開に、嫌な予感が頭を掠めるのを懸命に無視しながら。
「沢田さん猫飼ってるって聞いて!」
いきなり嫌な話題、きた!!
綱吉は目の前のジュースのコップを傾けながら、獄寺の質問に曖昧に頷いた。
話題の猫は普通の猫なんかじゃ当然なくて、綱吉が飼ってるという意味合いには収まらないような関係だ。
その気になれば、ヒバリは一人でだって生きていけるだろう。
綱吉の家に転がり込んできているのは、単純に下僕を求めてのことなのだといわれても、ありそうなことだと納得して
しまう綱吉である。
「ああ、ヒバリな」
山本はそれなりに、並盛の秩序・ヒバリの伝説を知っているのか、わずかに表情を緊張させた。
ふと思いついて綱吉は聞いてみる。
「山本と獄寺くんってこの町出身?」
この町出身の人間でヒバリを知らない人間はいないらしい。
最近引っ越してきた綱吉は、だから知らなかったのだが。
「オレはそうだぜ」
山本が頷き、獄寺は快活に笑って答えてきた。
「オレは最近までイタリアに留学してましたから!」
そういえば獄寺くんは転校生だった、と思い出しながら、綱吉は山本に問いかける。
「じゃあ山本はヒバリさん知ってた?」
「名前とうわさくらいは聞いたことがあったぜ」
「オレは知らないっすけど、猫は猫でしょ?」
ヒバリさん、せっかくおとなしくしてくれてるのに、刺激しないでー!!
内心悲鳴を上げながら、綱吉は慌てて獄寺に視線をやる。
群れの粛清の対象から今日限りでも外してくれているだけで、ヒバリにしてみたら多大な譲歩には違いないのだ。
万が一、気が変わったりするようなことがあれば、大乱闘は免れない。というより負傷は免れない。
ヒバリは綱吉のベッドで丸くなってはいたが、眠っていないことに綱吉は気づいていたし、獄寺の発言にぴく、と耳を
揺らしたのを見逃さなかった。
「いや・・・・、ヒバリさんは猫じゃないらしい、って言うか普通の猫じゃないよ・・・・凶暴だし・・・・」
凶暴だし、の部分はあくまで小声で告げる。
そんな努力をしたところで聞こえていないわけもなく、ヒバリの耳は再びぴくりと揺れた。
それをみて、びくりと綱吉が身を竦ませる。
だが獄寺は気にした様子もなく、一度ヒバリに視線をやると、袋の中からなにやら取り出して言ってきた。
「でも猫は猫じゃないっすか!オレ、遊んでやろうと思って猫じゃらし持ってきました!」
「・・・・」
獄寺君、実は猫好きなの?!ていうかヒバリさんは本当に普通の猫じゃないんだって!!
綱吉は顔を引きつらせながら青褪める。慌てて猫じゃらしを持つ獄寺の手を押しとどめながら。
「獄寺くんお願いだからやめて!山本もとめて!!」
お願い、というように振り返った視線の先で、山本は綱吉のベッドに腰掛けると、ヒバリの顔を覗き込むようにしてい
た。
「や。ヒバリって本当に猫なのな!」
ああ!!山本まで!!
「いやいやいや!!猫だけど、限りなく猫っぽいけど、猫じゃないから!!」
二人をとめようと思ったら、自分ひとりでは無理だ。ヒバリをとめるのはもっと無理だが、二人をひとりで押しとどめるよ
りは、ヒバリひとりをとどめるほうが、戦端の火蓋が切って落とされていない今なら何とかなるのには違いない。
そんな思いで、綱吉は獄寺から手を離すと、ヒバリをぎゅうと胸に抱きこんだ。
ヒバリを庇おうとする意図では決してない。キレたヒバリにボコられる友人2人と自分を庇おうと必死なだけだ。
おとなしくするという取引もあってか、ヒバリは窮屈そうに不満げな視線を綱吉に投げかけはするが、抵抗は特にしな
かった。呆れたような溜息を漏らしはしたが。
山本は驚いた顔にはなったが、特に何も言ってはこなかった。獄寺は懲りずに猫じゃらしを手に近づいてくる。
「沢田さん?でも猫って、猫じゃらし好きなもんスよ?」
ヒバリの鼻先に猫じゃらしが降りてくる。
一気に毛を逆立てたヒバリは、目の前で降られる猫じゃらしに、綱吉に抱きこまれたままでも辛うじて動かせる右前
脚で、猫パンチを振るった。
「あ、」
獄寺の間の抜けた声が響いて、同時に猫じゃらしの先が破壊される。
「なにしやがんだ?!」
獄寺はヒバリをにらみつけたが、ヒバリも黙ってはいない。獄寺を睨みつけたまま、離せと言うように前足で綱吉の腕
に爪を立てた。
「ヒバリさん、ダメ、ダメです」
腕にヒバリの爪痕が残るのにも構わず、ぎゅ、と綱吉はヒバリを抱く腕に力を込める。
「悪りィな、ヒバリ。こいつ、転校してきたばっかでお前のこと知らないんだわ。勘弁してやってくれよ、な?」
事態を理解したらしい山本が、ヒバリをなだめるように、ヒバリの頭に手を伸ばしてくる。
「ダメ、山本、撫でないで!」
ヒバリは普通の猫のように撫でられたり触られたりすることを好まない。
綱吉の制止の声より先に、ヒバリの右前足の爪が山本の手を一閃した。それを間一髪で避けて、両手を胸の前で開
いてみせると山本は笑みを見せる。
「あ、悪り。とにかく我慢してくれって!」
ヒバリはそんな山本としばらくにらみ合って、それからぷいっ、と山本からも獄寺からも顔を背けた。
綱吉に向けて、うんざりしたような視線を投げる。
その視線が、とにかく離しなよ、と言っているように見えて、綱吉はそろりと腕を解いた。
「暴れないでくださいよ」
囁く声で言いかけながらベッドの上に下ろしてやる。
ヒバリのほうではもうとっくにそんな気はないようで、誰の手も届かない本棚の上に飛び上がると、そこに丸くなって
目を閉じてしまった。
結局、時間が夜に差し掛かるまで、2人は綱吉の家にいた。
原因は主に宿題だ。
綱吉と山本に獄寺が宿題を教えてくれるという格好でスタートした勉強会ではあったのだが、そこは中学生、じゃれ
あったり騒いだり、気分転換と称したテレビゲームをしている時間のほうが多く、なかなかはかどらなかったのだ。
それもようやく終了したところで、山本が寿司の差し入れを出してくれた。
寿司屋をやっている父親からの差し入れらしい。
今日の夕飯は少し早いがこれですませてしまおう、どうせ作る時間も気力ももうないし、と綱吉は自分の分の折の中
からいくつかよさそうなのを見繕って取り皿に取ると、食べやすいように小さく切る。
本棚の上で眠っているわけでもなさそうだが、それでも知らんふりを決め込むヒバリを呼んだ。
ヒバリは細く瞳を開くと、興味なさそうに綱吉を一瞥する。
「降りてきてくださいよ。ゴハンにしますよ」
「・・・・」
気に入らないのかヒバリは、つん、と顔を背けた。
「ヒバリさん、今日は他に用意できそうにないし、これ結構ウマいですよ?」
皿を持ったまま綱吉はヒバリを見上げて呼びかける。
獄寺はキッチンで皆の分の茶を入れてくれている。それを手伝っていたはずの山本が、いつの間にか綱吉の側まで
来ていて、笑いながら言いかけてきた。
「・・・・ツナって、友達に話すみたいに、ヒバリに話しかけるのな」
それはあくまで微笑ましいという意味合いのそれだったのだろうが、友達になって日も浅いのに変人だと思われたら
大変だと綱吉は慌てて弁解する。
「いやっ、これは・・・・、あの、話しかけたら言葉が通じるような気がするじゃん!!人間じゃなくても!!」
ていうか通じてるんだけどね!!と内心絶叫しながら言うのを、山本はさして気にするわけでもなく笑って受け流し
た。
「そうだな。ヒバリ、ツナ、一番いいところお前にやってるんだぞ。ちゃんと食ってくれよな」
顔を背けたまま閉じられていたヒバリの瞳が、わずかに開かれて、品定めするように山本を見る。
少しの間視線を交わして、それからヒバリは綱吉を見た。
本棚の上から軽やかに身体を翻して降りてくる。
山本が撫でるように差し出した手に爪の洗礼を浴びせて、・・・・それは常を知る綱吉から見ればだいぶ手加減された
ものだったが・・・・、綱吉の肩に飛び乗ると、鼻先で皿を示すようにした。
ヒバリは普段でも、普通の猫のように皿に直接口をつけて食べたりはほとんどしない。綱吉の箸から直接食べること
が多い。
今日も同じようにしろと言うことらしい。つまり食べる意思はあるということだ。
「あ、ちょっと待って下さいね!」
少し嬉しくなって綱吉は、置いてあった自分の箸を取ると、皿の寿司をつまむ。
ヒバリの口元に持っていった。
やっと一口食べてくれて、山本と綱吉がほっと一息ついたときだ。
お茶をトレーにのせて持ってきた獄寺が、それを目にして声を荒らげた。
「あ、テメ、なに沢田さんの手を煩わせてんだ!!この駄猫が!!テメーなんざ、四つ足でにゃーにゃー鳴くしか能が
ねえんだから、餌皿を床に置いたときだけまっしぐらに突進してくりゃあいいんだよ!!」
その言葉に青褪める綱吉だが、止める暇さえなく、ヒバリは堪忍袋の緒を切ったらしかった。
「僕がそんなことするわけないだろ!死になよ」
一瞬後には、ヒバリの叫びと猫キックが獄寺の鳩尾に炸裂し、泡を吹いた獄寺が昏倒する。
「ご、獄寺くん!!」
ヒバリさんやっぱつえー!!つか、こえー!!
でも今のヒバリさんの声、獄寺くんはともかく、山本には絶対聞こえちゃったんじゃ。
鼻息荒く、意識のない獄寺を踏みつけながら、さらに爪を立てようとするヒバリを慌ててとめながら、綱吉はちらりと山
本を伺う。
山本は呆然と、獄寺とその上に乗っかる猫を眺めていた。
「スゲー・・・・」
呟きが口から漏れる。それから山本はにっかりと笑ってツナを振り向いた。
「ツナもすげーのな!あの声、腹話術か?」
「・・・・」
山本が天然でよかった。心底そう思う綱吉だった。
結局、目を覚ました獄寺が、またヒバリと乱闘になっても面倒ということで、山本が獄寺を背負って綱吉の家を後にし
た。
獄寺の自宅まで送ってくれるらしい。
山本には悪いとは思うが、猫じゃらしの件で一気に相性最悪になったらしいこの2人に、これ以上乱闘されても困る
ので、そこは山本の好意に甘えることにする。
2人を見送って、友人の訪問はたった数時間の出来事だったというのに、主にヒバリのせいで妙に疲れたような気に
なりながらも綱吉は、またもや本棚の上で眠ったふりを決め込んでいる、黒猫を見上げた。
「ヒバリさんも、いい加減機嫌直してくださいよ。もう2人とも帰りましたよ」
声をかけながら、結局途中になってしまっている食事を指差す。
「食べませんか?おとなしくしててくれなかったですけど、プリンもつけますから」
おとなしくしててくれなかったですけど、のあたりが多少恨みがましくなってしまうのは仕方ない。
それに反応してか、ヒバリが目を開く。綱吉は顔をわずかに引きつらせながらも、愛想笑いを浮かべて見せた。
ヒバリの呟きが静かに響く。
「・・・・友達」
呟く声は大きくはないが、確実に聞かせる意図を持って言われたそれだ。
綱吉はきょとんと目を見開いて、首を傾げた。
「え?」
「君は僕のこと、友達のように思っているの?」
そう問われて、それが山本の発言を気にしてものもだと気づく。
綱吉は返答に困って、うーん、と唸った。
「え・・・・、友達、って言うか・・・・、友達とも違うような気がしますけど」
だってヒバリさん、猫だし。
そう思いながらも、姿形は猫であってもコミュニケーションが取れるというだけでそれはもう一つの人格だろうとも思い
直す。
猫だから、というのは友人になれないという理由にはならないだろう。
それでも友達というものとヒバリは、何か違う気が綱吉にはした。何が違うのかと問われれば、それは明確に答えら
れるものではないが、なにかが確実に違う。
綱吉は苦笑するようにして、誤魔化すわけでもなく言った。
「でも、ヒバリさんはヒバリさんだから」
ヒバリの金の瞳が、真っ直ぐに綱吉を射抜いてくる。
「僕は僕だよ。当たり前じゃない。でも、君にとっての僕は?」
「オレにとっても、ヒバリさんってやっぱりヒバリさんですよ」
どう問われても、綱吉の中に明確な答えはなく、だからそうとしか答えようがなくて、綱吉は同じように答えた。
他に答えがないのだから、それしか答えようもない。
ヒバリはやや納得の行かない顔をして見せたが、以外にもあっさりと諦めてくれたようだった。
「まあ僕も君と友達になりたいわけじゃないしね」
「ひどっ。オレにとっても確かに友達とは違いますけど」
言いながら。
それならば、ヒバリにとって綱吉はなんなのだろう。
そんな疑問が頭を掠めもしたが、聞いてみるのも怖いし、聞いたら聞いたで、0コンマ1秒くらいできっぱりと下僕だと
即答されそうな気もする。
それはそれで嫌なので黙っていようと、そう思う綱吉だった。
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