「ああ?!なんだ、こりゃ」
どこぞのヤンキーのような言葉を吐き出しながら、自分の下宿で寛ぐ白猫を神田は睨み付けた。
WHIHT CAT LIFE
「どっから入ってきやがった、コイツ」
整った顔を歪めて眉を寄せると、神田は寝息を立てている小さな白猫をぶらーんと猫掴みで摘み上げる。
「ぎゃ!」
それに、およそ猫らしくない悲鳴を上げて、猫は瞳を見開く。
「コイツ、目も真っ白だ・・・・。アルビノか?」
その瞳を覗き込んで、神田は思わずというように呟いた。猫など飼ったこともないが、白猫はともかく、瞳まで白い猫
というのがおそらく珍しいのであろうことくらいは神田にも分かる。
猫は抵抗するように前足を振り上げた。その先から爪が出た途端、神田は顔を引いて猫パンチを避ける。
白猫は睨むように神田を見上げて、そして、言った。
「だったらなんです?!」
神田が目を見開く。
思わず猫を取り落とすと、猫は悲鳴を上げながらも身体を捻って綺麗に着地した。
そのまま神田を見上げてくる。
「・・・・っ?!コイツ?!」
呻くように呟いて、神田は猫を凝視した。
部屋にはもちろん自分以外に誰もいない。いつも何かと理由をつけてからかう級友のラビも、今日は来ていないし、ど
こかに潜んでいる気配もない。
「なんですか?!僕がしゃべっちゃおかしいですか?このバカンダ!!」
「おまえ、人の名前、」
どうして知っている、と言いかけの言葉は猫の声に遮られた。
「リナリーにいつも聞いています。予想通りの人ですね」
「リ、リナリーの猫、か?」
そういや、猫を拾ったとか、飼うことにしたとか、最近言ってやがったなと神田は思い出す。
それがどういう経緯で自分の下宿というか、安アパートの一室にいるのかは全く不明だが。
そしてなぜ人語を解するのかも全くの不明だ。
「そこに、手紙を預かってきました」
「リナリーからか?」
「リナリーとコムイさんからです」
「コムイの野郎か・・・・」
嫌な予感がする、と呻きながらご丁寧に机の上に置かれた手紙を取り上げる。
「神田。その嫌な予感、多分当たってますよ」
猫はすました顔で呟いた。
「ふざけんな」
手紙を読み終わった、神田の第一声はそれだ。
ぐしゃ、と手紙を握りつぶし、猫を睨みつける。
「てめえを預かれだと?!」
「リナリーは今日から旅行ですし、コムイさんも出張で、」
「んなもん、さっき手紙で読んだ!」
怒鳴る神田に白い猫はこともなげに言ってきた。猫の表情は読みにくいが微笑んでいるように見える。
「なら、そういうことです。僕を預かってください、1週間。よろしく神田」
「勝手に決めるな!出てけ!1週間も面倒見切れるか!」
往生際悪く怒声を上げる神田に、猫はさらりと告げた。
「リナリーの言うことに逆らうんですか?」
うっ、と神田は言葉に詰まる。
あまりの非現実的な事態と、この猫が気に入らなかったこともあって、とにかく追い出そうと必死になっていたが、考
えてみれば、そうだ。
リナリーのお願いという名の命令に逆らうと、大抵はろくなことにならない。
幼馴染というポジションのせいで嫌というほど思い知らされているそれを改めて思い出す。
愛妹のお願いを無下にしたことでキレるコムイなんていうものはこの際どうだっていいのだ。なにより、彼女本人の報
復のほうが怖い。
何事もなければリナリーは十分に優しいし、可愛い少女なのだが。
ひとたび怒らせると手が付けられない。なんにせよ、神田にとっては敵わない人間の1人ではある。
それを思い出して、言葉に詰まったまま神田は小さく溜息をついた。
それならば、どれほどこの猫が一般の常識という企画からずれていようと、どれほど気に食わなかろうと、預からない
という選択肢は最初から用意されていないと、今頃になって気づいたからだ。
猫は白い瞳を向けたまま、さらに続けてくる。
「いっときますけど、僕だってイヤなんです。でも仕方ないじゃないですか。僕はひとりで留守番しますって言ったの
に、リナリーが心配だからここに行けって言うんですから」
「・・・・」
ああそうかよ、もう好きにしてくれ。
言葉には出さずにそう思って、神田はぐったりと脱力した。
勝ち誇ったように、ふん、と息をつく猫を嫌そうに見つめて、ふと、思いついて問いかける。
「・・・・お前、名前は?」
「アレンです。よろしく」
握手、ということでもないだろうに、どこか人間じみた仕草で、猫は前足を差し出してきた。
それを握ることすら馬鹿馬鹿しくて、神田は呆れたようにその小さな前足を見つめていたが。
「ちっせえ」
思わず、というように思ったそのままの言葉が滑り落ちる。
「っ!当たり前じゃないですか!僕は猫なんですから、人に比べて小さいのは、」
「そうじゃねえ。猫の中でも小さい部類だろうが」
言いながら、神田はぴん、と尖った猫の耳にわずかに触れた。
呟く。
「モヤシだな」
「は?何か今すごく失礼なこと言いませんでした?聞き捨てならないような激しくむかつくような」
フーッ、と音を立てて威嚇する猫を、つまらなさそうに見つめて、神田がもう一度モヤシと呟くのと。
怒った猫の爪がひらめくのは。
ほぼ同時の出来事だった。
前途多難な同居生活が始まる。
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