手紙にはコムイのゴールドカードが添えられていた。
猫の食費はそこから出せということらしい。
「僕、はんぱなく食べますから、さすがに貧乏学生に負担させるわけにはいきませんよ」
などと猫は言ったが。この小さな猫がどの程度食べるかなんて、もちろん想像もつかない神田である。
「おい、なんか食えないもんとかあるか」
自分が偏食家なだけに一応は聞いてみる。
「好き嫌いはないです。とにかく全部量多めでお願いします。あと、できたらデザートにみたらし団子つけてください」
「・・・・」
何だその猫らしくないリクエストは、と眉を寄せた神田ではあったが。


WHIHT CAT LIFE





「・・・・」
あんぐりと口をあけたまま絶句する神田は、その猫のあまりの食いっぷりに胃にくるものを感じて箸を置いてテーブル
に突っ伏した。
「あれ?どうしました?神田。食事しないんですか?」
しないんですか、じゃねえ。なんだお前、猫の癖にその外見に反した食いっぷりは。反則だろうが思いっきり。あ
あ?!
などと思いはしたがとても言葉として出す気はしない。
別に自分の財布からその費用が出ているわけではないから、そういう意味では痛くも痒くもないが、この光景を見な
がら一緒に食事をするというのは、なんていうか拷問に近い。
ただでさえ小食で偏食家の神田ではあるが、きっとこれからの1週間で絶対に自分は痩せると確信する神田である。
もっとも当の猫にとっては日常のことなのか、そんなことは全く気にしていない様子ではあるが。
神田は、思わずというようにはあ、と溜息をつきながらもう一度箸を持ち直す。
この猫がきてからもはや何度目になるのかも分からない溜息をだ。
そして、人間の大食い選手権の優勝者顔負けのスピードで、山盛りのどんぶり飯と魚のフライをかっ食らう子猫をで
きるだけ視界に入れないように視線をそらせながらも、何とか自分用の盛蕎麦に再度箸を伸ばした。





猫がようやく食事を終えたのは、どんぶり飯12杯と魚のフライ、エビフライともに二桁を越える数、それとみたらし団
子30本を食べ終えたあとだった。
ごちそうさまでした、と礼儀正しく告げ、満足そうに口元と脚を小さな赤い舌先でぺろぺろとなめる仕草がどれほど可
愛かろうとも、神田としてはただひたすらに呆れるばかりだ。
先ほどまで、子猫の手や喉に団子の串が刺さったら大変と、ひたすらに団子を串から抜いて子猫の皿に落としてや
る作業を繰り返していた神田はもはや言葉もなく片付けに入った。
これから毎日この食事に付き合うのかと思うと気が遠くなるような気さえする。
「お前、リナリーんとこでもいつもこんなかんじなのか」
ふと思いついて聞いてみた。
猫の答えは即答だ。
「ええ。リナリー、僕は食べっぷりがいいから、作るのが楽しいって言ってくれてます」
「・・・・ああそうかよ」
げんなりと告げる。
あの少女なら確かにそんなことを言いそうだが。
「それはそうとお前、オレは明日から朝、昼と学校に行ってていねえぞ。どうすんだ」
「何か置いといてくれれば適当に食べます。でも朝は神田も食べるでしょう?」
「オレは朝はほとんど食わねえよ。朝錬に行くから早いしな。夕方も部活で遅くなる」
皿洗いをしながら淡々と告げると、とん、と肩にわずかな重みを感じる。
猫が飛び乗ってきたのだ。
「・・・・降りろ。邪魔だ」
ギロリと睨んで呻く。猫は首を傾げただけで、降りる気はないようだ。
といって泡だらけの手で追い払うのもどうだろうと思った神田は、洗い終わったら覚えていろ、と思うにとどめた。
猫が汚れることはかまわないが、結果として家が汚れるのは我慢ならない、多少潔癖症気味の神田である。
「部活、何に入ってるんです?」
猫の声が近い。あれだけの量を食べたというのに、明らかに自分の体重以上の質量を食べたと思われるのに、肩に
乗る重みは信じられないほどに軽い。
あれだけの食べ物がどこに消えたのかと疑うくらいには。
ちら、と猫を見やって、あまり深くは考えないことに決めた神田は、やはり淡々と答えた。
「剣道部」
幼い頃から近所の道場に通い詰めていた賜物でか、もともとの才能の賜物でか、免許皆伝、師範代の資格まで持っ
ている、剣道部の主将でもある。
天は二物を与えずという言葉どおり、身体能力においてはずば抜けて優れているが、学校のペーパーテストの類は
さっぱりだったりはするが。
「神田って和服が似合いそうです」
くすくすと猫は機嫌よさそうに笑った。
細めた目の色が光を反射して煌いて見える。
「お前の目、白かと思ったら銀なんだな」
呟くように言った。猫は曖昧に笑っただけだ。
限りなく白に近い、白銀の煌きは綺麗だとそう思う。
「・・・・綺麗な色だな」
思ったままの言葉が零れ落ちる。
猫は目を見開いたようだ。神田らしくない言葉だとその瞳は語っているようにも見えたが。
正直に褒めて何が悪い、と神田はやや不機嫌に洗い物に視線を戻した。
わずかな沈黙をはさんで、猫が言ってくる。ふわふわとした毛並みを神田の首筋に押し付けながら、甘えるような口
調だ。
「神田は目の色も髪の色も、顔も。姿も。全部全部綺麗です」
神田は眉を顰めた。綺麗だという言葉は、神田にとって馴染みのものだ。
自分を評してよく言われる言葉ではあるが、神田は決してその言葉を気に入ってはいない。男に対しての褒め言葉
だとは思えないからだが。
なんにしろ神田は不機嫌に応じた。
首筋に身を摺り寄せてくる子猫の足場に、わずかに揺さぶりをかける。
「くすぐってえ。降りろ、邪魔だ」
猫は素直に床に降り立った。その一瞬前の感触が、頬に残る。
ぺろ。
頬に、ざらりとした感触。
「?!」
驚いて思わず振り払おうとする手を避けるように、その一瞬後、とん、と猫は軽い足音を立てて床に着地した。
「おい・・・・」
一拍遅れて頬に手をやって、泡だらけの手でそこを拭った神田の怒声が響く。
「お前、人の顔を舐めるな!!そういう気色の悪いことをするんじゃねえ!!」
「猫の親愛ですよ?!それがどうして気色悪いんですかっ?!」
猫も負けじと怒鳴り返してくる。
「猫と人間の世界じゃ違うんだよ!!お前だってオレがお前の顔を舐めたら嫌だろうが?!」
「嫌じゃありません!!僕は嬉しいです!!」
「だから猫の尺度で考えるんじゃねえ!!」
「人間だってそういうの好きじゃないですか!!好きな人にキスされたと考えてください!!それでも嫌ですか?!」
「お前は別にオレの好きなやつじゃねえだろうが!!」
神田がそう怒鳴ると、ふと猫は押し黙った。
そして先ほどまでの怒鳴り声が嘘のように、あっさりと認めてくる。
「まあ、そりゃそうですね」
どこか拍子抜けするような気分で、神田も呟いた。
「・・・・ったく」
子猫はもうそれに関してはどうでもいいというように、前足を舐めて毛繕いをしている。
神田は泡のついた頬を洗い流しながら、猫の舌先の感触がいつまでたっても消えそうにないことに苛立っていた。




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